「住 職 ひとくち 法 話 」

(毎月1回更新いたします。)

住職法話では、法話を何回かに分けてお話ししてまいりましたが、このコーナーでは、これまで宝林寺の寺報「菩提樹」に書いてきた読み切りの短法話を掲載いたします。(これは表題のことばや写真、新聞の記事などを題材に、私が毎月書いてきたものです。)

菩提樹 第99号 (1998年9月30日号)  (2020.3.7.更新)

 凡夫の持ち前

「今さらくわしいこたぁ知らんでもええだ。この源左がしゃべらいでも、親さんはお前を助けにかかっておられるだけ、断わりがたたん事になっとるだけのう。このまま死んで行きさえすりゃ親のところだけんのう。こっちゃ持前の通り、死んで行きさえすりゃええだいのう。源左もその通りだっていってごしなはれよ」

                                    梯実圓著『妙好人のことば』より

 死に臨んで自分の後生が気になってならず、さりとてお念仏も申されず、どうしたものかと娘を使いに寄せてたずねてきた法友に対して答えたのがここに挙げた妙好人源左の言葉である。答えた源左もまた思い病の床にあった。

 「こっちゃ持前の通り、死んでゆきさえすりゃええだいのう」

 余計な思議を一刀両断に切り捨てる。恐ろしいほどの切れ味をもつ言葉だ。この言葉の前には、「よろこぶべきことを、よろこばぬにて、いよいよ往生は一定とおもひたまふなり」、「なごりおしくおもへども、娑婆の縁尽きて、ちからなくしてをはるときに、かの土へはまいるべきなり」(歎異抄)という親鸞聖人のお言葉も間延びして聞こえる。

 阿弥陀様の救いの確かさを聞くことを忘れて、自分の心のほうを確かにしよう、しようと励む。どこまでいっても確かになれぬこの私がここにいて、その私を目当てに仕上げられた南無阿弥陀仏が、現にある。耳に聞き、心に届き、口に届いた。いったいそれ以外に確かな証拠をどこに見つけようというのか。まして自分の心のありかたをもって救いの証拠にしようなどとは、とんだ高上り、自力執心の極みである。そんな余計なことをもう考えるな。

 「こっちゃ持前の通り、死んでゆきさえすりゃええだいのう。」

                                   南無阿弥陀仏  合掌  釋幸佛

 

 

菩提樹 第98号 (1998年8月31日号)  (2020.2.28.更新)

 それから、わたしの実感は、間に合ってよかったなという感じです。それだけはもう偽らない気持ちです。もしあのまま知らなかったら、いまどこをどう自分はうろついているだろうか、しかし、いま仏法を聞かしていただいて、念仏を称えさしていただいている。ああ、間に合ってよかったという感じです、それはよろこびです。たしかによろこびなんです。                                 加藤辨三郎

 

 加藤辨三郎さんは、元在家仏教協会理事長であり、また協和発酵工業の社長をつとめた方でもある。その加藤さんは、最初仏教が大嫌いで、お念仏できなかったという、それが社長の命令でいやいや法話会に出席しているうちに、仏教に対する自分の誤解にきづかされた。そして五十歳近くになって初めて自分から求めて浄土真宗のおみのりを聞くようになったのだという。

 「間に合ってよかったな」という感じは、お念仏に出遇い得た人の共通の感想ではなかろうか。

 たよるべきものは自分だけである。自分さえしっかりしていさえすれば、この人生を誤ることはない。健康に留意し、知識教養を身に着け、良き社会人、家庭人となって地域社会や家庭の中でおのれのつとめをはたしていく。それが人生のすべてである。何の疑問ももたないままにそう信じて生きてきた。

 しかし、いよいよ命終の時が近づいて分かったことがある。これさえあればと大切にしてきた財と名誉と地位と家族は、死にゆく私の支えとならなかった。身に着けた知識も教養も老苦・病苦の前には役に立たず、死に臨んで自分はとごへ行くのかもわからずおびえている。

 振り返ってみれば、自分なりに 精一杯人生を生きてきた。しかし本当のことは何も知らなかった。人間として生まれた目的は何か。この命はどこから来てどこへ帰るのか。

 もしかしたら臨終間際に後悔の涙にくれたまま死の恐怖の中に終わっていったかもしれない自分が、五十歳近くになってとはいえ、ともかくも後生の一大事を解決しえた。最後まで、自分をたのむ心を捨てられなかった私が、この自分こそ一番当てにならないものでありましたと知らされて、弥陀の本願他力にすっかり身をあづけきってしまった一念帰命の喜び、安堵の気持ちが「間に合ってよかった」と口に出る。

   南無阿弥陀仏                               合掌   釋幸佛

 

菩提樹 第97号 (1998年7月31日号)  (2020.1.24.更新)

 女は顔とちがうで

「そしたら、おかあちゃんが、あほ、外側とはちがうんや、中や、中身や、心や、心が大事なんや、外見ばっかり見てたら、一番大事なもんを見落としてしまうんやで、男も女も心が大事なんや。おぼえときや。…ええか、お父ちゃんもやで」と言って、お父ちゃんをにらみました。 (pHp八月号より)

 

 

「心が大事なんや」の言葉にはっとした。このお母さんの健全な感覚を私たちは急速に失ってきてはしまいか。心よりお金が大事、そんな意識が社会にじわりじわりと浸透してきているのを感じる。

 青少年による凶悪犯罪の続発によって「心の教育」の必要性かせ識者の間で熱心に論議されるようになった。そのことは裏返せば、それほどに現代の親は子供の心を育てることに無関心であり、無力であるということであろうか。

 仏教は心を大切にする。なぜならどれほど立派な体と優れた知性があろうとももし心が歪んていたならば、その体と知性をよく生かすことができないからである。

 それではどのような心が人をよく生かすのであろうか。他人を思いやるやさしい心、それではそのような心はどうしたら育てられるのか、心を育てるものは正しい教え以外にない。

 仏教は心を育てる最良の教えであり、もっとも滋養に満ちた心の糧である。とりわけ念仏の教えは、人間知性の虚妄性をはっきり教えてくれ、我執に溺れない謙虚な心を育んでくれる。そして、如来の本願によって恩を知る身となり、感謝と同時にその恩に報いる心が育てられる、他人を思いやるやさしい心は、高ぶることのない謙虚な心と純一な感謝・報恩の心を土台として育まれるものである。

 子供の「大事な心」を育て、人間を育てる最良の教えは念仏であると、私は信じている。

                                   南無阿弥陀仏 釋幸佛 合掌

 

菩提樹 第96号 (1998年6月30日号)  (2019.12.20.更新)

 アーラヴァカ神霊「この世で人間の最上の富は何であるか? いかなる善行が安楽をもたらすのか? 実に味の中での美味は何であるか? どのように生きるのが最上の生活であるというのか?」

 尊き師 (ブッダ) 「この世では信仰が人間の最上の富である。徳行に篤いことは安楽をもたらす。実に真実が味の中での美味である。智慧によって生きるのが最高の生活であるという。」 『ブッダのことば』より

 

 尊き師(お釈迦様)のお言葉を私なりに味わってみた。虚仮・顚倒の娑婆に煩悩具足の身を抱え、人間に生まれた目的も知らないままに生死流転を繰り返している私。それを案じた弥陀が、仏の国(浄土)に往生させて必ず仏にさせると誓われた本願念仏をいただく信心こそが、人間の最上の富である。

 如来のお慈悲を知らされて、罪深きわが身を慚愧しつつ申すお念仏は十方にご響流して弥陀の大悲を行ずるものとなる。念仏の中になされる娑婆の生業の一切は如来さま相手のご報謝の生活であるから見返りを期待しない。それゆえに常に安楽である。

 たよりない火宅無常の娑婆に自らの煩悩に苦しむ私を救わずにおれないと起こされた弥陀の本願念仏こそは、いかなる時代、いかなる所においても決して私を裏切ることのない真実である。よって念仏こそが、味の中の美味である。 

 健康・金・名誉・愛情・仕事、老病死の前には必ず破れる幸福の条件。何のたよりにもならないと聞かされても、それにしがみついて生きていくしかない愚かな自分でありますと教えていただき、その私にかけられた弥陀の本願に身をまかせて、報恩感謝に心を満たされて浄土往生の道を安んじて歩むこと、それこそが最高の生活であるという。                               南無阿弥陀仏  合掌  釋幸佛

 

菩提樹 第95号 (1998年5月31日号) (2019.11.9.更新)

 「土」 金子みすゞ

 こっつん こっつん

 ぶたれる土は

 よいはたけになって

 よい麦生むよ

 

 朝からばんまで

 ふまれる土は

 よい道になって

 車を通すよ

 

 ぶたれぬ土は

 ふまれぬ土は

 いらない土か

 

 いえいえそれは

 名のない草の

 おやどをするよ

 

 隣寺の寺報に上のみすゞの詩が載っていた。子供の詩のように素直でやさしいみすゞの詩。その世界はそのまま豊かな仏徳讃嘆になっている。きっとこの人の言葉の命源は幼い時から聞き親しんだお念仏なのだろう。

 毎日生きるのに精一杯で、自分と自分の家族の心配で一生生きていくだけの私。人のために「よいはたけになって よい麦生む」ことも、「よいみちになって 車を通す」こともない。そのように「よいはたけ」「よいみち」になれる人は、まことに志操堅固な立派な人である。しかし、それではただ生きんがために生きるしかない群萌の民草は、この世では「いらない土」なのか。役たたずの余計者として捨てられるだけのものか。

 いえいえ、そういう人こそが、如来様の一番の目当てでありました。わが身のあさましさに涙する人なればこそ、「われにまかせよ。かならず救う」のおよび声に一心に帰依し、お念仏申されるのです。「いらない土」の凡夫の身が仏の救いの確かさを身証し、喜び申すお念仏が仏の大悲を行ずるものとなる。

 名もない無数の「いらいない土」(悪人凡夫)が「よいはたけ・よいみち(善人)」を支えて、それの用を際立たせる。弥陀の世界にいらない命はひとつもない。          南無阿弥陀仏  合掌     釋幸佛

 

 

 菩提樹 第94号 (1998年4月30日号) (2019.10.12.更新)

「事実、私たちは迷いにとらわれている世俗の人間です。今でもこの世界は改善できるし、この世界が、私たちみんなに幸せをもたらしてくれると夢みています。しかしこの夢のために生死流転を繰り返すのです。

 この世はあらゆるものの苦しみの結果であり、本質的には改善出来ないのだとよく分かっている、ほんのわずかなの人々だけが、悟りへ向かう決心をすることが出来るのです。」 

                     アグネス・エンジェエスカ著『お念仏に解放された私』より

 

 アグネスさんは、もとポーランドの女医さんであったが、縁あって浄土真宗に帰依し、その後来日して得度し、横浜にある真宗寺院の坊守さんとなった人である。

 生老病死の四苦を抱え、愛憎の中に苦悩する、その苦は、無常の世に不変を願い、無我の世界に生きながら、我に執着する無明煩悩のもたらすものである。しかし、それが苦しみのもとであると知らされても、それを自ら捨てることも無くすこともできない。ただ念仏して仏の真実の世界を願うよりほか助かりようもない私たちである。

 しかし、ひとたび一心に弥陀をたのむ心がさだまれば、その時から未来の浄土往生の旅が始まる。浄土の真実の光に照らされて、自身の無明煩悩の闇が破られる。救われた喜びから称える無私のお念仏は、弥陀の慈悲を伝える報恩の行となって十方に響流していく。一人ひとりの胸にその南無阿弥陀仏が届くとき、この世の苦しみ汚れのもととなった各人の我欲の心が徳へと転成せられていく。

 この世を厭い(厭離穢土)、真実の浄土を願う(欣求浄土)浄土真実の教えは、厭世的な現実逃避の教えではない。凡夫が凡夫のままに成仏させていただき、この世の不浄を清めることのできる私たちに与えられた唯一の仏道である。                                南無阿弥陀仏  合掌   釋幸佛

 

 

菩提樹 第93号 (1998年3月31日号)  (2019.9.15.更新)

 「南無阿弥陀仏を称えるということは特殊の仏道ではありません。仏道というそういう特別のものがあるのじゃない。南無阿弥陀仏を称えるのは宇宙の万化の一つなんです。宇宙は南無阿弥陀仏を称えておるのです。

 わしらが南無阿弥陀仏を称えるのは宇宙のすべての声の中へ入るのです。仲間へ入れてもらうのです。だから賑やかなことです。わし一人でない。皆が称えておる中にはいる、これがまた万物の生活です。」暁烏 敏

 

 暁烏の上の文章を読んだ時、鮮烈な感動をおぼえ、広大無辺な弥陀の宇宙の広がりを感じた。法としての弥陀がもっと語られていい。説教では、ありがたい話にこだわるあまり、如来といえば慈悲の面ばかりが語られてきたのではないか。

  4月になると桜が咲き、5月にはツバメが飛んで来る。新緑がみずみずしく輝きわたり、さまざまな命が生き生きと活動を始める。あたりまえと思ってみてい る一つ一つの個物の背後にある当たりまえでない不可思議なはたらき(無量光)がある。そのはたらきはあらゆる命を養い育て慈しんでいる(無量寿)。いちいちの個物を通してしか感じることのできない不可思議ないのちのはたらきは色もなく形もない。それゆえにあらゆる個物に姿をかえてそのはたらきを示すことができるものである。その色もなく形もない透明ないのちのはたらきが、そのようなはたらきを南無阿弥陀仏というのだと自ら名乗り出て、桜やツバメのような個物を拝まないでもいいように、私たちのたしかな依るべとなってくれた。

 夜空に輝く無数の星の運行も春雨に散りゆく可憐な桜の花びらも、すべては南無阿弥陀仏のかなでる命のしらべである。その南無阿弥陀仏を称える念仏は大いなる仏のいのちと一つになることである。それはそのままに念ぜられ慈しまれた私のいのちでしたと知らされることでもある。  南無阿弥陀仏     合掌    釋幸佛

 

 

菩提樹 第92号 (1998年2月28日号)  (2019.8.23.更新)

布教使は人格者であるべきか

 「伝道にあたっては、説教はあまり重要ではない。重要なのは誠実であり、献身であり、伝道者の人格である」

 

 キリスト教の神学校の校長が、伝道の第一線に出ていく卒業生に贈った言葉であるという。

 一方、浄土真宗の伝道の主軸は今日でも、法座布教におかれていて、説教が重要な位置を占めている。お寺は説教を聞く道場として、またひとたびご信心をいただいた人にとっては、仏徳をともどもに喜ばせていただく法悦の場として、ご門徒様に護持されてきた。その法座の説教を仕事とするのが布教使である。私もまたその端くれである。その布教使としての私の立場から伝道の心得を言えば、うえに挙げた言葉とはだいぶ違うものになる。

 「伝道にあたっては、伝道者の人格はあまり重要でない。重要なのは法に対する恭敬心であり、救われるはずのない自分が救われた歓びの心であり、その歓びがこの法を伝えずんばおかぬとという熱意となってあらわれた、生

きた言葉(説教)である」

 しかしながら、法が人によって伝わるものである以上、たとえ真宗の伝道であっても布教する人の人格がどうでもよいはずはない。だが、その人格性は自分の力で努めはげんで鍛錬していくものではない。なぜなら、そのような立派な徳目を積んだ人格者になれぬと見抜かれた法をいただいた私が、そのような人格者たらんと望むことか、そもそもの矛盾であろう。布教使はそのような人格者たらんことをめざすものではない。そのようなものにはとてもなりえぬ私にかけられた法に一心に帰命し、その法を恭敬していくところに、おのずとひらかれる謙遜をこそ、その徳性とすべきである。(それは法を説く者でありながら、常にその法に聞く者の座をに守るということである。)もとよりその徳性は目的とするものではなくて、恭敬する心に結果としてついてくるものであろう。

 法に対する恭敬心が内にあり、この法を伝えずんばおかぬという熱意がこもっている限りは、いかに下世話に落ちた話のように見えても、弥陀のお慈悲を悦ぶその讃嘆の言葉は、必ず聞く人の胸に伝わるものと私は信じている。

第91号 (1998年㋀31日号)より (2019.7.11.更新)

 相田みつを

 「いろいろあるんだな にんげんだもの いろいろあるんだよ 生きているんだもの」

 歯を食いしばって苦しさに耐えている人に、顔を真っ赤にして怒っている人に、満面に笑みを浮かべて喜んでいる人に、涙を流すまいと必死に悲しみをこらえている人に、「いろいろあるんだな、にんげんだもの。いろいろあるんだよ、生きているんだもの」そういって受け止めてくれる人は、やさしい人である」。その人の共感の言葉にどれほど私たちは癒されることだろう

 この詩を読んだ時、南無阿弥陀仏を思った。人間であることの苦しみ(人間苦)と人生で出会う苦しみ(人生苦)を、たった一人でたえている私たちに、「いろいろあるんだな、にんげんだもの。いろいろあるんだよ、生きているんだもの。でも、わかっているよ。わかっているよ。おまえがひとりでがんばっていることは。そういうふうにしかできなかったことは。だからさ、そんなに力むことも、自分を責めることもいらないよ。そのままでいいんだ。そのまま私にまかせておくれ。必ず救うから。いつだっておまえのことは見守っているから。そしてこの娑婆の命が終わったら、苦しみのない真実の世界に生まれさせて仏にさせるから。いいかい、必ずまかておくれよ。」そうおっしゃってくださっている如来さまの真心のお喚び声、それが南無阿弥陀仏である。

   南無阿弥陀仏                                 合掌  釋幸佛

 

菩提樹 第90号 (1997年12月31日号)より (2019.6.13.更新)

 

 青木新門著『納棺夫日記』より

 「死を忌むべき悪ととらえ、生に絶対の価値を置く今日の不幸は、誰もが必ず死ぬという事実の前で、絶望的な矛盾に直面することである。

 親戚や知人といった身近な他者の死に出会っても、一時的に哀惜の念が起きるだけで、日頃自らの中に死を認知していないために、他者の死は他者の死であって、他人の死は仏教でいう機縁とはなりえなくなっている。」

… … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … … …

 先日ある公民館で、成人学級の授業をもたされた。現代社会に必要な教養を身につけ、健康の管理方法を学ぶことを目的としていた。受講者はすでに七十歳をご老人たちばかり80人ほどであった。

 よく生きるためには、よく死ねる道をはっきりさせなくてはなりません。そう切り出して「後生の一大事」をお話しした。

 話が終わった後に、世話人の方がお礼の言葉をくださった。その中に「…私は現在75歳ですが、小学校の時にお寺の日曜学校に行ったきり、その後一度もお寺にお参りしたことがありません。…」とあった。そこに誇りを感じているような調子だった。頭もしっかりしている。健康にも心配ない。だからお寺の世話になるのはまだ早い。そんなふうに考えられているのだろうか。

 仏さまの教えが人々の生きる依り所とされず、お寺が死にまつわる不吉なところのように一般の人に思われるようになったのは、なぜだろう。

 「人生の四苦である生老病死を解決することが本来の目的であったはずの仏教が、死後の葬式や法要にスタンスを移し、目的を見失ったまま教条的な説教を繰り返している」それが原因ではないかと、青木新門さんはいう。

 「道心の中に衣食あり」と信じて歩むべき僧侶が、いつのまにか衣食のために道心を忘れてきた。その報いを今受けているのかもしれない。お寺にお参りしないことが人々の誇りとなるような風潮を作ってしまったのが、僧侶自身であるなら、それを改めるのもまた僧侶自身でなくてはなるまい。「道心の中に衣食あり」「念仏の中に菩提心あり」肝に銘じて歩むべし。       南無阿弥陀仏            合掌    釋幸佛

 

 

菩提樹 第89号 (1997年11月30日号)より (2019.5.16.更新)

三つの不幸

 病人にとって大変苦しいことが、三つあると思います。

 そのひとつは、自分の病気が治る見込みのないことです。

 ふたつめは、お金がないことです。

 みっつめは、自分の病気を案じてくれる人のいないことです。

 私はその中でも、このみっつめの不幸が一番苦しかろうと思います。   

                           井村和清著『飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ』から

 

 井村さんは、幼な子を残して癌のために32歳の若さで亡くなった青年医師である。「三つの不幸」を読んだ時に、弥陀の救いを思った。

 「死にたくない私」に永遠の命(無量寿)の世界(浄土)を用意して案ずるでない「死なせはせぬぞ」とおっしゃり、「いっそ死にたいと思うほどに苦しむ私」には、二度と煩悩の火に焼かれることのない真実の智慧(無量光)の世界(浄土)に生まれさせ、迷いの境涯には二度と返しはせぬ、必ず仏にするぞと抱き留めてくださる。

 しかも、その無量寿・無量光の浄土への旅は、この命終わった時に始まるのではない。

 「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界はよろずのこと、みなもってそらごと・たわごと・まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておわします」と助からぬわが身にかけられた如来の確かなる救いに身をあずけた信の一念に往生は定まるのである。

 それは確かな未来の浄土を楽しみとしつつ、いっそ死にたいと思いつめた自分の心の迷い…すでにそのままに摂取されていたにもかかわらず、自分の思うようにならない事柄に身悶えして何とか思いどおりにならないかと苦しんでいた、迷いの姿に気づかされることである。

 と同時に、そこに南無阿弥陀仏ひとつを真実のよりどころとして生きる、広々として自由な、恐れのない安心の日暮が恵まれるのである。  南無阿弥陀仏                    合掌     釋幸佛

 

 

菩提樹 第88号(1997年10月31日号)より (2019.4.8.更新)

神戸少年事件・家裁処分 

 事件の始まりからその結末まで、すべてが異様で、私たちの理解をこえたものに思われた。犯人が中学生とわかってみると、なぜこんなむごいことをと誰もがその犯行の原因・動機をしりたがった。そして、二度とこんなおそろしい、悲しい事件が起きないでほしいと願った。

 こんな事件がおこった原因はどこにあるのか。この事件の責任は誰にあるのか。よくよくたずねてみたら、その責任はみなこの自分にあった。

 自分さえよければ人がどうなってもよい。そんな思いで生きている自分がここにある。求めているのは、自分の欲をかなえることばかり、その自分がこの世の水を毎日毎日汚し続けている。その汚れた水を子供たちが毎日飲んでいる。その子供たちが病まないはずがない。

 心を養う思想という精神の水は、私の拝金主義と利己主義によって汚れ、子供たちに夢と理想と愛と希望と善意を与える意味を失ってしまった。(子供に安心して見せられるテレビ番組がいかに少ないかを思う)         

 身を養う肉体の水は、私の利便性を求める効率至上主義によって汚れた。子供たちが毎日吸っている空気は私の車の排気ガスに汚染され、その水は私の使う農薬に汚染されて、子供の身体を蝕むものとなっている。

 子供を大切に思っているはずの私が、毎日毎日その子供の身心を育てる命の水を汚している。一つもそんなことを願っていないはずなのに。

 ここに何が善で何が悪なのか、本当に知ることのできない無明の私がいる。その私が、この世の水を汚している。

 こんな事件は二度と起こしてはならない。その最初の一歩は、この自分から始めるのだ、世の中の水を汚している自分が、まずそのことに気付いて、なんでも自分の我欲我執を通そうとする、その心を清めることから始めるのだ。

 煩悩に迷う心を癒し、欲望に汚された心を清めてくれるもの、それは、かかる人間業のあさましさに大悲して流してくだされた、弥陀の涙たる南無阿弥陀仏のお念仏である。      南無阿弥陀仏   合掌  釋幸佛

 

菩提樹 第87号(1997年9月30日号) より  (2019.3.11.更新)

マザーテレサからの手紙

「あなたに会いたくて、インドに行きます。どうかその時期1日でよいからカルカッタにいてください」

遠い日本の一面識もない青年の身勝手な手紙に対して届いたのが右に掲げたマザー・テレサからり返事(文面省略)

であった。「まさか」の驚きと感激であった。

 インドでマザー・テレサに育てられたたくさんの若いシスターに会い、短い期間ではあったが、その活動をともにした。マザーテレサが彼女たちに身をもって教え伝えたのは、自分のなすべきことをなす、ということではなかったかと思う。自らの行いにおごらず、ほこらず、謙虚で自然な態度のうちに黙々と貧者や病者に献身する彼女たちの姿を見てそう思った。

 「苦しむ人がいれば助ける。それは人として当然のつとめで、私はそのなすべきことをなしただけです。」きっとそれと同じ道理で、手紙をもらったら返事を書く、そう思って私に返事をくださったのであろう。

 事の大小を選ばず、常に人としてなすべきことをなすに徹したところに、常人の及ばないマザーテレサの偉大さを思った。誠実であるとはどういうことかを、このとき学んだと思う。

 南無阿弥陀仏                                  合掌 釋幸佛

 

よしあしの文字をもしらぬひとはみな

まことのこころなりけるを

善悪の字しりがほは

おおそらごとのかたちなり(親鸞聖人作「正像末和讃より)菩提樹86号

 この御和讃は、親鸞聖人が正像末和讃の最後に読まれたものである。あれこれと物知り顔に沢山の和讃を読んできたご自身の心を、名利を求める知者ぶったふるまいとして懺悔されたものである。

 私は最初この御和讃の心を読み間違えていた。つまり「よしあしの文字をもしらぬひと」とは、念仏を頂くようになった自分のことであり、「善悪の字しりがほは」とは、教養・理性にわざわいされて、お念仏の教えを誹謗し、信じることのできない人のことであると。したがって、念仏頂いた私の心こそ「まことなりける」と思い、いまだ念仏に帰依していない人の心こそ「おおそらごとのかたちなり」としていた。

 

 しかし、上述の如くに御和讃の真意を教えられてみて、改めて親鸞聖人の慚愧心の深さを知らされた。そして同時に、転倒していた我が姿を思い知らされた。

 「善悪の字を知っている」と己の自力にたのむ心が、お念仏の智慧によって「善悪のふたつ総じてもて存知せざる」自分であったと翻り、凡夫が我が身の座りとなった。ところが、そうなると今度は、いつの間にか自分が「善悪の字しりがほ」の念仏者となって、念仏の教えに帰依しない人達をして「よしあしの文字をもしらぬひと」たちと憐れむような思い上がりに住してしまった。

 

  凡夫のわが身と知らされて、一生頭の上がらない者に育てられていたはずの自分が、凡夫であると知っていることを手柄にして、善人智者になろうとしていた。

 念仏者でもよく見かけることだが、熱心な信仰者といわれる人のなかにおうおうとして、偏狭で人の痛みに鈍感な人が少なくない。かえって特別の信仰をもっていないという人のほうが、寛容で優しいことがある。これも上述した思い上がりがその言動に現れるためであろうか。

 しかし、そうなったのなら、それはどれほど教えを熱心に聞いても、何も聞いていないのと同じである。心したいことである。(9.19)

 

「法に依りて 人に依らず」

           菩提樹第83号より

「法に依りて人に依らず」は、案外に難しい教えである。私たちはその人が言っている事柄よりも、その人がどのような人であるかを見て、その人の言葉の真偽を測るからである。口でどれほど立派なことを言おうと、その人の日頃の行いがその言葉にともなっていなければ、だれもその人の言うことに耳を傾けようとはしない。信じようともしない。人を離れて法を聞くことは、私たちには至難であるそれゆえに、そういう私たちの性情にかなった言葉として、一方では「法に遇うとは人(善知識)に遇うこと」だとも、「人に依りて法は弘まる弘」ともいわれ「人」の重要さが説かれる。

 しかし、またそうであるからこそ、「法に依りて人に依らず」の教えが大切なのかもしれない。

 「この先生(人)にさえついていたら大丈夫だ」「この先生のもとにいさえしたら、信心いただけるだろう」「この先生にさえ、自分の真実がわかってもらえていたら、ほかの人にどう思われようともかまわない」

 「法」の導きの上から慕った「人」がいつしか「法」より大切な者となり、「人」を頼りとするようになる。法と私の関係が、いつしか人(先生)と私の関係となる。そうなると、自分のすべてが先生の心一つにゆだねられてしまい、先生の一挙手一投足が自分の関心の的となる。そこから、自分が自分の主であることを忘れた主体性の欠落した求道がはじまる。もとよりそれはもう真の意味での求道ではあるまい。

 この際(きわ)が難しい…。人に遭わねば法に遭えず、さりとて人に依れば、道を失う。しかしてその結論は、やはりどこまでも「法に依りて人に依らず」である。生死出離の道はどこまでも一人一人が自からたずね求める道である。その法(道)の求めを忘れて、ただ人に依るなら師も弟子も共に道を失うことになる。いよいよ自戒したい。(7.4)

「仏説阿弥陀経」

                 菩提樹第80号より

 お釈迦様の当時も、今日も浄土真宗の教えは「難信の法」である。特に今日は、科学の知見によって、人間の己を頼む心が強くなった分だけ、より一層他力救済の浄土の教えは聞き難く、信じがたいものになっているかもしれない。

 ときどき人間の本当の偉さとは何かということを考える。

 高学歴をもち、学問の深い人。やり手で、政界実業界で成功をおさめた人。独特の才能によって、芸術やスポーツの世界で顕著な成績をおさめた人。様々な社会事業に貢献し奉仕と懇身にご苦労下さっている人。皆、まことに尊く立派だなあと思う。

 しかし、そういう学歴や名誉や栄達と無縁のところで、ひっそりと自分の分をつくして、お念仏を慶んでいる人に出会うと、どうにも頭のあがらないものを感じて、わけもなくありがたいなあと思う。そしてこういうおじいちゃん、おばあちゃんのお陰で、わたしのようなものが生かされているのだなあと思う。

 そういう人に接して思うのは、柔らかい人柄である。驕るでも卑下するでもない。そのままに自分の分を守って、不足なく、人に我をおしつけるでもない。いつでもその周りの人を包み込む優しく暖かな風が吹いている。

 きっと「難信の法」が聞こえると、如来の光明の働きで己の堅い心が、柔らかな心に変えられるのだろう。(5.27)

「一番わかっているようで

  一番わからぬ この自分」

 

    菩提樹第78号より

 

「あの時自分はなんであんなことをしたのか」すまじきことをもし、言うまじきことをも口にしたとき、私達はしばしば「一番わかっているようで一番わからぬ自分」に出会う。この「一番わからぬ自分」を明らかにするのが仏教である。「一番わかっているようで、一番わからぬのが自分のことでありました」と「自分で自分のことがわからない」ことがはっきり「わかる」ことが、念仏の智慧をいただくということである。

 宿業のままに、「さるべき業縁もよおせばいかなるふるまい」を模して生きていくよりほかに昌のない私であると、私自身が気が付くより前に「仏かねてしろしめして煩悩具足の凡夫なれば」と、私の姿を見抜いての、弥陀の先手の働きに「まかせる以外に助かるすべを一つも持たない私でした」とお念仏いただかれたのが親鸞聖人であった。(H.30.3.14)

            (菩提樹第83号より)

 

どうすべきかは直ぐに決まる / それは愛によって 

愛の定義も至って簡単だ / それは無私 そして献身 

だがそれを何が鈍らせるのか / それは利己心だ 

利己心は自分をごまかして / 何かと理屈をこねるから 

富んでいようと貧しからうと / 賢くても愚かでも

元気であろうと病気でも / それは一向 愛を妨げない

この花の美しさを / 理屈無しに認めるように

愛することができぬなら / 潔く頭を下げるほかにはない

              毎田周一著「大雪山巻頭言集」から

 

かつてパリでキリスト教の修道士に伝道の一番の苦労は何かを尋ねたことがある。

「愛を実践するために、利己心に打ち勝つ力を得ること。そのために毎朝そのような力を賜りますように神に祈ります。」

 ひるがえって、我が身を思う。「この花の美しさを、理屈なしに認めるように、愛することができぬ」者。ただ「深く頭を下げるほかはない」者であった。

 しかし、深く頭を下げて如来の「われにまかせよ」の声に信順し、そのお慈悲をいただく者になったとき、念仏者の身の上に不思議がおこる。

 如来のお慈悲をよろこび、仏徳たたえて申すお念仏には、あれほどとれなかった利己心の垢が微塵もついていなかった。その無私念仏なればこそ、未信の人の耳にまで無理なく届くらしかった。利己心離れぬこの者が、いつのまにやら如来様の大悲を行ずる者となる。

「頭をさげる」と「頭が下がる」

   同じようで大違い    平成8年度直柱会カレンダーの言葉

                                                             (菩提樹第73号より)

 

「頭をさげる」は、いろいろに考えて、ここはひとつ頭をさげておいたほうがよさそうだと、娑婆世界の様々な損得勘定から、そう判断して自分で、自分の頭をさげるのである。その限りでは、内心の自我は一つも頭を下げていない。私の主はどこまでも私である。

 一方「頭がさがる」には、何か自分を超えたものの素晴らしさ、立派さにうたれて、自ずと頭を下げずにいられない心持がうかがえる。まいりましたと、完全に兜を脱いだ感じがある。

 だが、それは力くらべ、知識くらべに完全に負けたから、潔く兜をぬいで、参りましたと頭をさげたのではない。その「参りました」には、まだ、「潔い自分」が残っている。「自分が頭を下げた」のである。

 

 本当に「頭が下がる」というのは、そのような力くらべ、知識くらべをしようと懸命だった己のおろかしさ、あさはかさを、慈悲の目で慈しみ、憐み、まかせよとおっしゃってくだされていた如来の慈悲の心に包まれたときに、初めて感得されるものであろう。

 如来の大悲に抱かれて、己の自力邪見の心が優しくほぐされたときに、自ずからさがらぬ頭が下がったのである。私の主人が、私でなくなったのである。如来さまが、私の主人となって、常に仏に帰依する心が与えられたのである。

 頭のさがらぬ私が、如来の御恩を知って、頭のあがらぬ私に育てられたのである。それは、まことに煩悩具足の凡夫でありましたと教えられることである。(7.25)

「自分のうしろ姿は 自分じゃ みえねんだなあ」

        相田みつを (PHP3号から)

                                         菩提樹第69号より

 私は「うしろ姿」を「自分自身の本当の姿」と読んでみた。人には見られない内心の姿であるが、それはまた時として自分でも知らない自分の真実の相でもある。それはもとより、鏡に映らず、自分の内省の光も届かない。底知れぬ無明の闇である。

 

 順境にあれば、もっともっとと貪り、逆境にあれば、思い通りにいかぬと怒りに狂う。正しいのはいつも自分で、悪いのは相手と決めてかかって互いに罵りあいの日暮らしを続けていく。いっときの平安もないままに、勝った負けたで空しく過ぎていく。

  

 しかしそれが人生であるとして、そこになんの疑もない。どこからきた命であるかも知らず、この命の目的を知らず、この命の還り往く世界を知らない。無明の闇に覆われてあるわが相である。

 

 其の相は人間理性の灯火をもっても破ることができない。「自分のうしろ姿は自分じゃみえねんだなあ」である。

 

 その見えない私達の自分の後ろ姿を慈悲の心をもって如実に映し出し、その闇を破ってくれるもの、それが真実の世界から差し込み、常に照らし続けている無量の光たる南無阿弥陀仏である。(5.25)

 

「花のたましい」

     金子みすゞ

     菩提樹第68号より

 

 散ったおはなのたましいは

 み仏様の花ぞのに、

 ひとつのこらずうまれるの。

 

 だって、お花はやさしくて、

 おてんとさまがよぶときに

 ぱっとひらいて、ほほえんで、

 ちょうちょにあまいみつをやり

 人にゃにおいをみなくれて、

 

 風がおいでとよぶときに、

 やはりすなおについてゆき、

 

 なきがらさえも、ままごとの

 ごはんになってくれるから。

 

 この詩を読んだとき「おはな」は「念仏よろこぶ人」の事だと思った。

 

 念仏よろこぶ人はみな

 如来様のお浄土に

 一人のこらず生まれるの。

 

 だって、念仏の人はやさしくて

 おやさまの声きくそのときに

 信心歓喜のお念仏

 自分は救われずとももうよいよと、

 楽果はすべて人にやり

 

 帰っておいでとよばれたら

 はい、と素直についていき

 

 後の残した念仏の薫香は

 有縁の方を仏縁に

 導く糧としていくから。

 

読みすぎかもしれない。しかし願わくば、そのような花になりたいと思う。毀誉褒貶に動ぜずに、すべては如来さまへのご恩報謝と感謝しつつ、静かに自分の分を尽くしたい。(5.3)

 

 

如来の本願は 「人間よ本当の人間になって下さい」 という願い

              菩提樹第66号より

 

 人間と他の動物との違いを考えてみた。

 一生の間、きゅうきゅうと励む。食べて、寝て、働いて、伴侶をえて、子を育てることは、大抵の動物がしている。だからもし、それだけで終わるのであれば、なんら人間としての面目をほどこすこともなく終わった人生ということになるだろう。「本当の人間になれ」という如来の願いもそこにある。

「死」を知り、それを恐れることも、別に人間に限ったことではない。ただ、人間は、結局は死で終わるしかない自分の人生の「意味」を求める。「何のために生きるのか」「自分とはいかなるものであるか」。そこに、これによって生き、これによって死んでいけるという、生死の帰依処を求める願いをもつ。

 ただ欲を満たしておれば、それでよい。そう信じて歩んだ人生の最後に、あれもこれも手に入れたが、何か心に空しいものを感じる。果たしてこのまま死んでいけるか。

 そう自らに問う心をもつところに、人間が人間である由縁がある。そうであれば、その問を明らかにしてこそ、本当に人間になったということができるのではないか。

 

 欲のままに生きて終わってはならない尊い命をいただいた私である。しかし、そうでありながらも、その欲を捨てて生きることもかなわぬ自分である。まことに恥ずかしいことである。そうしかできない自分の姿をあさましいと思う。しかし、そのあさましいお前ならばこそ必ず救うと誓われた如来の願いを知らされると、その大悲の深さの前にはもう頭があがらない。ただ、すみません、ありがとございましたというしかない。

 

 「俺が、俺が」の自我の角がとれて、如来様に願われ生かされてあった私とはっきり頷けたときに、人間は本当の人間になる。(3.2)

 

 なもあみだぶつ          岡部つね

 

 仏法いうもんは / 風やな 

 風が網の目でも / すうーっと通り抜けるように

 この娑婆の / どないな難しい / 通れんとこも

 すうーっと通して / もらえる

                 林暁宇著・澤田悌二編

                「みんなあみださまのおかげです」

                              菩提樹第63号より

 

 親鸞聖人が念仏は「難度海を渡する大船」であり、「無明の闇を破する恵日なり」(「教行信証」総序の文)と頂かれたところを、岡部さんは風に例えて念仏の功徳を味わわれた。

 この世界では、無常の道理にはばまれ、お互いのもつ自分かわいやの思いに邪魔されて、なかなかに自分の思う通りにはいかない。そこに哀しみがあり、苦しみがある。それが「網」であり、「難しい通れんとこ」となる。その網を念仏いただくとまるで風になったように「すうっー」と通させてもらえるのだという。

 「自分の思うとおり」を通そうとすると、すべが「網」にひっかかって「思う通り」にいかない。だが、その「自分の」がとれると、何もひっかかるものがなくなってどこでも思う通りに通れるのであろう。

 その「自分の」は、それではどうとるのか。岡部さんは、すっかり阿弥陀様にうちまかせて、自分の主人の座を阿弥陀様に譲ったのである。すると、これまでは「自分の」と力み、負けてたまるかとがんばっていた肩の重荷がとれた。そこから岡部さんにとっての風のように軽やかな人生がはじまった。(2.17)

 

「お母さん、由紀乃ちゃんは、顔も、手も、足も、お腹も、全部きれいだね。由紀乃ちゃんは、お家のみんなの宝物だもんね」

              

あなたは覚えていないでしょうが、昔、お母さんが由紀乃ちゃんの身体のことで悩み、一緒に死のうと思ったとき、あなたが助けてくれたのです。

 幼いあなたのこの一言が、お母さんの目を、心を覚ましてくれたのです。そして、それからはずうっと、あなたのお陰で生きてこれたような気がしています。    

                                          平野恵子「子供たちよ、ありがとう」より

            菩提樹第62号

 

 浄土真宗(大谷派)の坊守であった平野恵子さんは癌のために41歳で浄土にかえられた。後に残していく子供たちへの思いを綴った手記が「子供たちよ、ありがとう」という本にまとめられた。ここに紹介したのは、その本の中から、長男の素行さんにあてて書かれたものの一節である。

 長女の由紀乃ちゃんは3歳の時に重度脳性小児麻痺の診断を受けた。ひとりでは食べることも、着ることもできない。着せ替え人形同然の我が子の将来を案じ、死のうとまで思い詰めた。

 このままいっても、治る見込みのない娘は、ただ世間の厄介者である。だれの役にもたてず、社会の無用な荷物になるだけだ。この先になんの望みもない。そう考えていた。そうとしか考えられなかった。その娘が「宝物」であったとは。

 役にたつかたたないかの秤で命の価値をはかろうとばかりしていた自分に、素行ちゃんの言葉は、命そのものの尊さを教えてくれた。それはまさに如来様の言葉であった。さかしらな理性分別の価値の秤が、素行ちゃんの言葉で木っ端微塵に打ち砕かれた。

 私達の命は、その働きによってさだまるのではない。命そのものに価値があるのだ。命そのままが尊いのである。

 酢行ちゃんの子の言葉を読んだとき、涙がでてならなかった。有難かった。全ては南無阿弥陀仏の自然(じねん)の中にある。弥陀の世界には、つまらないものなど一つもない。(1.30)

 

 

それといっしょに、自分が得意の絶頂にある時も、

    どこかに、泣いている人があるということが

 考えられる人になっておくれ」 

 

恵ちゃんは素晴らしいお父さんをもった幸せの思いと感動で、失敗のショックなんか、ふっとんでしまいました。  

               東井義雄著「若婦人のための法話集」

               (菩提樹60号)

 

 それだけのことをしたのだから、確かに誇っていい。「やったぞ!」と叫ぶもいい。そういう人の自信と誇りに満ちた姿は、すがすがしくこちらも存分にその成功をたたえてあげたい。

 しかし、その得意の絶頂のさなかにあって、敗れていったものがあること、自分の成功のためにどこかで泣いている人があるのだということに思いがいたせる人は、美しいと思う。

 「自分の知恵才覚でなんでもできるのだ」と手放しで自我を肯定するところには、そのような慎み深さと恥らいは息をつけまい。手柄はすべて「がんばった」自分のものだから。

 「私のこの命は、生かされ、願われてある命である。」

そう自分の小我が捨てられたところに、全ての手柄を如来にかえし、一切を感謝と報恩のうちにいただく心が育つのではあるまいか。(1.16)

 

 

ぞうきんの詩   (榎本栄一作)

 

ぞうきんは 他のよごれを いっしょうけんめい拭いて

自分は よごれにまみれている

                                                  (菩提樹第59号)

 

 学歴、地位、財産の前には少しも頭はさがらないが、この詩のような働きをしている人に出会うと、思わず頭が下がり、有難い人だと思う。私を含めて世の中には、自分が光ることばかりに夢中な人間が多すぎるのだろう。そういう中にあって「私はもう光らないでも、あなたが輝いてくれたらそれで満足です」という人がいると、かえって誰よりも輝いて見える。

 

 念仏よろこぶ人の一生は、このぞうきんの働きに徹して少しも悔いのないもののように見える。ぞうきんとなって私に働いて下さる如来さまのご恩を知ると申し訳なくて、自ずと自分もぞうきんになって生きていってしまう。娑婆にある身はどこまでも煩悩の自分であるけれども、その自分が念仏を行じることで、娑婆の汚れを拭いとるぞうきんになっていく。ぞうきんになったら、ますます汚れてしまうようだが、ぞうきんに徹した念仏者はあたかも泥中に咲く白蓮華のように娑婆の汚れに染まらずに、かえって清らかな人柄をもって周囲を清浄ならしめていく。きっと凡夫と座りが定まって、汚れのもとに我見がいつでも如来さまのぞうきんで拭われているからであろう。(1.10)

 

人と生まれた悲しみを 知らないものは

人と生まれた喜びを 知らない   (「真宗法語カレンダー」)

                  菩提樹第58号

 

 こんな話を聞いた。

 保育園の園長先生が夏に子供たちをプールに連れていった。他の保育園からも大勢の子ども達が来ていた。プールに入ってしばらくして、監視員が突然叫んだ。

「子供が溺れているぞ!」

一瞬はっとする。周囲が騒然となった。自分のところの園児ではないか。不安で身がこわばった。まもなくその溺れた子がよその園児だとわかった。「よかった」そう心の中で大きく安堵した。溺れたその子は死んだというのに。

 不虜の事故で幼い命が奪われたその刹那に、自分の心によぎったのは、その子の死をいたむ心よりも、自分のところの園児でなかったことを喜ぶ心であったという。

 人間に生まれた悲しみがここにある。自分に近い命を大切に思う心を失くせない。命を平等に貴ぶことができない。あさましいことである。恥ずかしいことである。それではいけない、これではだめだとわかっていても、自分を一番かわいいと思う心を失くせないのである。それがために自分を傷つけ、他人をも傷つけていく。その私が悲しい。

 だが、それだからこそ仏の願いがある。その苦悩の境涯を抜け出すすべを一つも持たないものなればこそ、必ず救わんとする仏の大悲がある。その大悲がこの私をこそ目当てにしていたと知らされたとき、人間に生まれた本当の喜びが知られるのであろう。(12.11)

 

 

恐るべき第一の難とは、坊主同行の無信仰と無道徳。これほど恐ろしい大問題はないぞ。

 坊主同行が目覚めて、信仰に本づき道徳を堅固に守っていくならば、百千の仲基・篤胤が一度に来ようが、さらに恐るべきでない。この言葉をお前の餞(はなむけ)にする。

                雲山龍珠「不動の信念」から

                                         菩提樹第57号

 

 仏教をそしり、おとしめす破仏家の富永仲基や、平田篤胤の説こそ、仏教を衰退させるもっとも恐るべきもの。なんとしてもかかる説を論破せねばなるまいと考えて、若き青年僧だった恒順師は師匠の南渓師そのための教えを求めた。

 それに対して南渓師は、外からの論難など恐れるにたらぬ。むしろ一番恐ろしいものは、教えを頂いているという「坊主と門信徒(同行)の無信仰と無道徳」にこそあると答えた。

 口を開けば、やれ伝道だ、布教だ、教化活動だ、宗門の活性化だと、外ばかりに眼が向いていた。自分一人が頑張っているように、やかましく騒ぎたてている自分の内面生活はどうなのか。そういう根本の問題はそっちのけにしていたのではないか。

 顔面に冷水を浴びせかけられたような南渓師の言葉であった。「足もとを見よ。まず己の身をただせ」

 当たり前の教訓である。しかし、その当たり前のことができていないことこそ、もっとも恐れ、心すべきことなのであろう。(11.19)

 

あなたは、一体何をドタバタしているのか

 生死(しょうじ)はお任せ以外にはないのだ。人知の及ばぬことはすべてお任せしなさい。そのためにお寺に生まれさせてもらって、お寺に嫁いだのではなか。生死はあなたが考えることではない。自分でどうにもならぬことをどうにかしょうとすることは、あなたの放漫である。ただ事実を大切に引き受けて任せなさい

               鈴木章子著「癌告知のあとで」から

                   菩提樹第56号

 癌と知って動揺する章子さんに届いたのが、ここにあげた父親の手紙である。

 鈴木章子さんは、癌のため四十六歳でお浄土に還られた。

 坊守として、これまで何百回も念仏の教えを聞いて来た。だが、如来さまが「お前を救うぞ、任せよ」とおっしゃって下さっていたその言葉が、本当には聞こえていなかった。

 癌になって、ただ「助けて下さい」というしかない場に立たされたとき、初めて如来様の「お前を救う」とおっしゃって下さっていた「おまえ」というのが、「私」のことであるとわかった。

 鈴木章子さんは、癌を縁として如来様の心を、信心をいただかれたのである。

 癌と知らされたときの苦しみ、悲しみが、この時に、念仏によって「今」を生かしていただいている感悦に転成(てんじょう)せられた。

 

   念仏は  私に  ただ今の身を

   納得して  いただいてゆく力を

   与えてくださる (章子)      (10.30)

 

 

 

ただ一つの眼

 頭脳は千の眼(知識)を持つが、心情にはただ一つの眼(愛情)のみしかない。けれど、ただ一つの眼がなくなれば、全人生の光は消え去るというのである。知性は数限りない知識をもつけれど、心情はただ一つの慈愛を保つのみである。しかもこの慈愛の心情が消えれば、全人生は闇となる百千の論理も、人生を輝かすことにおいて、一つの慈愛に及ばない。    岡 道固追悼集「思い出」から

                                      菩提樹第55号

 

 私達が失いかけているもの、それがただ一つの慈愛の眼なのかもしれない。

 千の眼(知識)は学校で養うことができる。だが、人生を潤し、輝かせる慈愛の眼だけは教育でそだてることのできないものである。それを育てるものは、仏教であり、なかんずく念仏の教えであろう。

 正しいことを教えたら、正しいことができる。それが人間であると信じればこそ、教育において千の眼は育てられるのである。しかし、正しいことを教えられても、それができないのが私であると知らされて、その自分を愚かな凡夫と恥いる心を大地として育つものが、慈愛の眼なのである。

 千の眼には人の罪が見えても、己の罪がみえず、ただ、外に向かって、罪を鳴らしつづける。しかし、一つの慈愛の眼には、己の罪が見えるゆえ、ひとの罪を責めることができない。ただ、ともにその罪を人間業の深さとして悲しむ。そこに流された共感の涙が乾いた大地を潤すのである。

 千の眼は涙をしらず、ただ一つの慈愛の眼だけが、涙を流す。その眼を失くしてはなるまい。(10.20)

 

業苦の大地は  善人の誇りに乾き  悪人の涙にうるほさるる。

 

露しげき雑草の土に帰するところなくば、巨木も生い立つ所がない。ここは道を説く賢者も、愚かなる群生手をあわせねばならぬ一境があるようである

                 金子大栄著「歎異抄領解」より

                 菩提樹54号

 

 念仏は、弥陀が凡小を哀れみ、釈迦が群萌を救わんとして、たまわった功徳の宝であり、真実の利である。

 念仏は名もなき人々が、その真実を証し、今日まで連綿と伝えひろめてくれたものである。その縁に私もまた、たまたま遇うことができたのである。

 僧侶として、布教使として、なんとしても弥陀の慈悲を伝えたい、そう願って法座にたち、説教をする。しかし、説教する私が法を弘めているのではない。如来の慈悲を自分の身で感じ、念仏に頷かれているお同行がたの一心に聞くその姿が、念仏を証し、伝え弘めているのである。

 布教のためには、いささかなりとも本を読み、学問もする。それが自分の立場での御恩報謝であると心得てそうするのである。しかし、その学問がこの業苦の大地を潤すのではない。いや、ともすればその学問と、そのわずかばかりの知識におごった私のごとき者こそが、この大地を乾かしていくのであろう。

 学問で救われない娑婆を生きている凡夫の流す涙。その涙にそそがれた如来の涙。その如来のながされた大悲の涙にいだかれて、念仏となえつつ流す凡夫のひとしずくの涙こそが、業報の土を真実に潤していくのであろう。(9.30)

 

「あなたとの 出会いは

       生きてゆく ごほうび」   (禅の友11月号より)

                      菩提樹53号

 

「もしあの出会いがなければ、とうてい今の自分はあるまい」

 人生の来しかたを振り返ったとき、そう思うことがある。つまるところ、いかなる出会いをするかということが、よくもわるくも人の一生をきめていくのであろう。そのときに「あなたとの出会いは生きてゆくごほうび」といただける出会いを持てた人は幸せである。

 如来様とのお出遇いは、生きてゆく私がいただいた一番大きなごほうびでした。

 その如来様の教えを私に伝えて下さったあなたとの出会いは、生きてゆくごほうびでした。

 その如来様の教えをもとに、喜ぶことのできるあなたとの出遇いは、生きてゆくごほうびでした。

 その如来様の教えにまだ出遇っていないあなたに出遇って、その法をお話しできるのは、わたしの生きてゆくごほうびです。

 すべてを得難き出遇い、と喜んでいける者でありたいと思う。(9.13)

 

 

「 お 魚 」   金子みすゞ

  海の魚はかわいそう。

 

  お米は人に作られる、牛は牧場でかわれてる、

  こいもお池でふをもらう。

 

  けれども海のお魚は

  なんにも世話にならないし いたずら一つしないのに

  こうしてわたし食べられる。

 

  ほんとうに魚はかわいそう。       菩提樹第52号より

 

 金子みすゞは26歳で夭折した山口県の童謡詩人である。

 幼児のように無垢な感性で詠まれたみすゞの作品は、母の懐にいだかれたようなあたたかさに満ちている。子どものときは、誰もが確かにもっていた、不思議を不思議と感じ、あらゆるものに自分と同じ命を見出していく柔らかでやさしい心。そういう心をよびさましてくれる。

 人間であるとはどういうことか。多くの命をいただかなくてはいきていけない私達である。だがそれらの命もまた、生きたいと願って生きている命である。ひとたび自分が食べられる魚の側にまわったら、そのいわれなき死にどれほどの憤りをいだくだろう。口のきけない魚に文句はいえない。「ほんとうに魚はかわいそう」の言葉は、自分が魚になって、魚とともに流す涙である。

 生きるためには、罪のない魚の命までとっていかなくてはならない。それを罪深い自分といただいて合掌できるか、生きるためにはあたりまえのこととしてしまうか。そこに人間が人間として生きることの境がありそうな気がする。

 人間に生まれたなら誰もが人間になるのではない。仏法にであって人間は初めて人間となるのである。(9.1)

 

 

「今日すべきことを

       明日に延ばさず」

 

 

仏教伝道協会刊「みちしるべ」から

         菩提樹50号より

 私達の人間生活においては、今日一日をこそ大切に生きよという教えです。時計や暦のうえで語られる時間とは、常に昨日から今日へ、今日から明日へと、絶え間なく流れていくものです。

 しかしながら、仏教でとらえる時間というものは、そのような理解とは異なっていて、常に現在の一点においてとらえます。

 このような「今」を大切にする仏教の時間観をしめす教法に「箭喩経」という経典があります。

「たとえば、ある人が毒矢に射られたとしよう。そこで彼の友人や親族たちが、驚いて急いで医者を迎えようとしていた。ところがその毒矢を射られた当人が

 「ちょっと待ってくれ。私を射たものは一体誰か、王族か、庶民か。町の人か、村の人か。その人は背が高かったか、それとも低かったか。その弓の弦はなんという草のつるか。またその矢はどんな種類の矢か。それらのことをまず調べてほしい。それが明確になるまでは、この毒矢をぬかないでくれ。」

と言ったとすれば、その人はどうなるであろうか。きっと彼はそれらのことを知り得ないうちに、命を失ってしまうであろう。マールンクヤよ。あなたは今、世界は有限か無限か。人間は死後にも存在するか、存在しないか、などとたずねているが、それはちょうどこの毒矢を射られた人が、いろいろと申して、それらが知られるまでは毒矢を抜かないでくれと言っているのと同じことである。そういう質問、たんなる未来についての質問に心をくだくよりも、まず今ある自分の問題についてこそ見つめて、その苦悩多き人生を克服し、解決すべきである。」

 いたずらに死後、来世を問うことなく、まずなによりも、今の現実、この苦悩の人生の解決を求めよと、教えられているところに、仏教における時間の思想がよく示されています。(8.12)

 

「ナムアミダブツ」

 こないな

 広い道があるとは

 夢にも知らなんだ

 これも みんな

 あのおやじが

 あんなこと

               仕出かしてくれたらこそと

               今も思い出しては

               拝んどるのや

                       林暁宇原著・澤田悦二編

                     「みんなおあみださまのおかげです

                        ー三味線婆ちゃんのことばー

                                                 菩提樹49号より

 浄土真宗の信心の世界がどういうものか、この詩にはっきり現われている。岡部さんは明治二十三年石川県に生まれた。四十八歳で生地獄を経験したという。それを縁として聞法に励み、五十歳ごろに如来様の心をいただき、以後三味線一本で全国を行脚し、法悦の歌を歌い続けた念仏者である。

 「こないな広い道」とは、如来の大悲の無碍の一道である。それにしてもこんなすごい世界があることを教えてくれたのが、よもや「あのおやじ」であろうとは。あのとき「あのおやじ」の仕打ちにどれほど泣かされたか。どんなことがあっても、許すまい。そう誓っておった。その憎いおやじが、この私に、法が聞こえる耳をさずけてくれた。してみると「あのおやじ」こそ、私を弥陀の世界に導く菩薩さまであったかと、いまはよくよく有難く思われてならないのじゃ。

 「あのおやじ」の仕打ちが縁となって、如来の南無阿弥陀仏が聞こえたなら、自分の狭い殻が破れた。弥陀の世界にはいって、ふりかえってみれば、「あのおやじ」こそがこの世界へはいる入口だった。憎む心が拝む心へと変わっても不思議はない。そこに真宗の信心の世界がある。(7.12)

「念仏の社会性」

わが身の往生一定とおぼしめさんひとは、仏の御恩をおぼしめさんに、御報恩のために御念仏こころにいれてもうして、世のまか安穏なれ、仏法ひろまれとおぼしめすべしとぞ、おぼえそうろう。

    (親鸞聖人ぼ消息集第二通)

                     菩提樹48号より

 「ただ念仏ばかりしていてもしかたないから、福祉活動や平和運動などの社会的な実践をしなくてはならないだろう。」

 福祉活動も平和運動も尊いことである。しかし、その活動の動機が「念仏ばかりしていてもしかたない」からというなら、その主張は間違いである。

 社会問題の根底には、自分こそ正しいと思い、なんでも己の思うがままにできるという人間の邪見驕慢な我執が潜んでいる。その我執を正面からたたいて、真実の自己へと私達を導くものは、念仏しかない。かりに社会的運動によって自分たちの望むなんらかの制度を勝ち取ることができたとしても、それを運営する人間が変わらないならば、問題を根本から解決することはできないであろう。

 念仏は、政治や経済など社会生活の改善のために直接働くものではない。しかし、ひとりひとりを変えることによって、人間社会の様々な問題を根本からあらためていく力となるものである。念仏者にとって念仏の弘通に勝る社会的実践はない。合掌(平成28年6月16日)

「念仏の救い」

 

「空念仏では何もできない。

 念仏を称えたくらいで 何で救われる   ものか。」

      (ある青年の言葉から)

        菩提樹47号より

 

 いったい、念仏を称えて何の益があるのか。何から救われるというのか。念仏は呪文ではないから、ただ念仏を称えたからといって、願いが叶うということはない。もとより、念仏は私達の手前勝手な欲望を満たすためにあるのではなくて、そのような欲望にふりまわされた姿を迷いであると教えてくれるものである。念仏の心が確かに聞こえたとき、念仏は力となる。

 私達には、この世で生きているかぎり、自分の力ではどうにも超えることのできない苦しみや、悲しみにであう。それは愛する人の突然の死であったり、信頼していた人の裏切りであったり、さまざまである。思わず「なぜ自分一人が、こんな苦しみにであうにか」と、呻吟せずにはいられない苦しみである。

 虚偽、転倒の世の中、老病死の現実を抱えて生きている私達は、必ずこのような苦しみにであう。私達が避けることのできない苦にであって涙するとき、そのお前を私は決して見捨てない、そういってこの私を抱きとめ、支えてくれるのが、念仏である。

 念仏は力である。煩悩の苦に迷う私を救い、「すべてよかった」と人生受け止めていく力となる。(平成28年6月5日)

「心のものさし」

 

「兎と亀は  はじめから

 競争しなかったら よかったんだね」

 

     (ラジオで聞いた話から)

       菩提樹第46号より

 

 子供にイソップ物語の兎と亀話をしたところ、子供は、上述のように答えたそうだ考えたら子供の言う通りで、本来持ち味の違う兎と亀が競争することは意味のないことである。

 競争しないでいいものが、競争することで私達はお互いに随分と苦しめ合っているのではないか。

 私達は誰もが心の中に自分のものさしをもっている。それでもってあらゆるものをはかるのだろう。たまさかはかれないものに出遭うと、それはおかしい、間違っている、そう言って相手を裁き、非難する。そこに不必要な競争が起こり、争いが生じる。だからそんな苦しみの元になるものさしはさっさとすてたらよい。

 しかし、そうとわかっていても、それを使わないでいることも、捨てることもできない。まことに愚かである。愚かであると知りながら、この愚かさを一歩も抜け出ることができない。

 だが、さればこそ如来は南無阿弥陀仏を私にくだされた。如来の御慈悲をそのごとくいただくと、ものさしをもちながら、それをつかえないような自分にだんだんに育てられていく。そこにも念仏の大きな利益があるのではなかろうか。南無阿弥陀仏 (平成28年5月17日)

「無財の七施」

        菩提樹第44号より

1.眼施 優しい慈しみの目で接する

1.和顔悦色施 にこやかな顔で接する

1.言辞施 人を傷つけないあたたかな  

      言葉をつかう

1.身施 自らの行動で人に接する

1.床座施 人のために席をゆずる

1.房舎施 建物を施す

 

 「御布施というのは、お坊さんが読経してくれたことに対する謝礼だと思っていました。」

 御布施がむさぼり心を矯め直すための自分自身の修行の一つであると知っているひとは案外に少ないかもしれない。

 あの人のことを考えると、なにか心が温かくなる。そういう人がいる。そういう人のことを思い出してみると、ここにあげた、無財の七施を実行している人であることに気づく。いつでも笑顔で迎えてくれて、こちらの言うことをふんふんと聞いてくれる。対面していると、心と体の全身で「あなたのことが大好きです」そう言われているような感じさえする。

 ある人は、自分の母親に、ある人は、自分の幼い子に、またある人は親しい友に、そういう無財の七施を見ているかもしれない。

 その気になれば、誰でもできそうな無財の七施だが、誰にもできない布施行が無財の七施でもある。なぜなら、それは自分の心を人に施すことだからだ。そしてそれゆえに、無財の七施が最も高貴な布施ともなり、最も難しい布施行ともなる。(平成28年4月30日)

「幸福の五つの条件」

          菩提樹第43号より

1.適度な健康

2.経済的な安定

3.社会的な名声

4.変わらざる愛情生活

5.老境にいても適当な仕事をもつ

 

 ある法話テープで聞いた幸福になるための五つの条件というものを挙げてみた。佛教では「財欲、飲食欲、色欲、名誉欲、睡眠欲」を人間の五欲であると説く。

 健康でお金があって、妻や子供に愛され、人からも信用され、生涯にわたる仕事を持っていたら、その人は幸せになるのだという。五欲が満たされていたら、幸せだと感じる。それが私達の日暮らしかもしれない。

 しかし、お釈迦様はそれは迷いであるとおっしゃった。人生の老いと病と、死はだれも避けることはできない。そして、すべてのものは移りかわる。そうであれば、幸福の五つの条件はどれも崩れていくものである。そのようなあてにならない条件にしがみついて、幸福を願う姿が迷いであると教えられた。

 五欲を超えたところに人間の真実の幸福がある。生老病死によっても崩れ去ることのない大きな命の世界、絶対の安養の世界、そこへ導くのが仏の教えである。(平成28年4月15日)

「お多福の顔」     菩提樹第42号より

 

 お多福といえば、顔だちの悪い女の代名詞のように考えられている。しかし、これは間違いらしい。むしろその反対でお多福の顔は、昔の女性が理想とした「五徳の美人」の顔を表現したものだそうだ。

 五徳とは何か。まず第一の徳は「目」である。その目は憎しみの目でなく慈愛の目である。第二の徳は「耳」。生きとし生けるものの声なき声を聞くことのできる「耳」。第三の徳はふっくらと豊かな「頬」。どんな子供も平等に包み込み育む優しい頬。第四の徳は「口」である。相手を非難したり、皮肉を言うとがった口ではない。第五の徳は「鼻」。高慢な鼻でなく、謙虚で慎みのある鼻。

 ひるがえって、今年一年私はどんな顔をしてきただろうか。だまされまいと猜疑の目をこらし、人の言葉には耳をふさぎ、いつも不平不満で頬をふくらませ、自分の言いたいことだけは口をとがらして主張し、低い鼻を天に届くほど高くしてきたのではなかったか。

 大経に「和顔愛語」の言葉がある。お多福の五徳は佛の心に通じるものである。佛教のお育てをいただいた人のおのずと至る顔のモデルがお多福なのかもしれない。(平成28年4月6日)

「ある ある ある」

 

さわやかな 秋の朝

「タオル取ってちょうだい」

「おーい」と答える良人がある

「はーい」とゆう娘がある

歯をみがく

義歯の取り外し 顔を洗う

 短いけれど

 指のない

 まるい つよい手が なんでもしてくれる

 断端に骨のない 柔らかい腕もある

 何でもしてくれる

 短い手もある

 ある ある ある

 みんなある 

 さわやかな 秋の朝    中村久子著「私の越えてきた道」

                   菩提樹第40号より

 

 中村さんは満二歳問十ヶ月あまりのときに、凍傷がもとで、突発性の脱疽病になり、幼くして両手両足を失った。

 さわやかな朝のこと、洗顔をして、歯を磨く。自分には手も足もないけれど、用をたしてくれる優しい夫と娘がいる。そしてかっこは悪いけれど、ちゃんと役をはたしてくれる指も腕もある。手も足もない自分だけれども、今日もこうして生かされて、このすがすがしい秋の大気を胸いっぱいに呼吸している。すべてのものが私を生かそう生かそうと働いてくれる。ある、ある、ある。確かに手も足もない自分だけれど、私はこんなにも満ちたりている。

 筆舌に尽くしがたい困苦を克服し、生きるために見せ物小屋の芸人として働いた中村さん。だが、この詩は、そんな苦労をいささかも感じさせない。むしろ自分の人生を恨むことなく、ありのままにいただいて生きてきた人のすがすがしさがある。

 念仏に生かされた人の美しさというのは、こんなところに現れるのかもしれない。             (平成28年3月14日)

「 仏の慈悲 」

よろこぶべきこころをおさへて、よろこばざるは、煩悩の所為なり。しかるに仏かねてしろしめして、煩悩具足の凡夫と仰せられたることなれば、他力の悲願はかくなごとし、われらがたねなりけりとしられて、いよいよたのもしくおぼゆる   なり

                「歎異抄」菩提樹第39号より

 生老病死の現実をふまえて、お釈迦様は「人生は苦なり」と教えられた。しかし、健康で、お金もあり、愛する人もいて、また自分を愛する人たちに囲まれている、そういう人たちにとって、人生の真実とは、実感されないのではないだろうか。人生の無常に涙し、世の不条理と、人間の不実に苦悩し、病苦に呻吟(しんぎん)する人にあってはじめて「人生は苦なり」は我がこととして、深くうなずかれるのかもしれない。かかる「苦」の自覚をもった人は、そこにどうしても仏の慈悲を仰がずにはいられない。

 だが気がついてにれば、求める先にすでに仏は、かかる煩悩の私を救おうとして南無阿弥陀仏となってはたらいていてくださった。しかし、この私は、その南無阿弥陀仏にようやくに出遭いながらも、依然として、心では、そのたよりない世間と不実な人間をあてにする思いを捨て去ることができないでいる。

 しかしさればこそ「仏かねてしろしめして、煩悩具足の凡夫と仰せられた」のだ、と親鸞聖人はいただかれた。どこまで深い如来の大慈悲であろうか。 合掌           (平成28年2月17日)

「 二度とない人生だから 」

二度とない人生だから

一輪の花にも無限の愛をそそいでゆこう

一羽の鳥の声にも無心の耳を傾けてゆこう

二度とない人生だから

一匹の螽斯(キリギリス)でも踏み殺さないようにして心してゆこう

どんなにか喜ぶことだろう

二度とない人生だから

一遍でも多く便りをしよう

返事は必ず書くことにしよう

二度とない人生だから

まず一番身近な者たちにできるだけのことをしよう

貧しいけれど心ゆたかにせっしてゆこう      坂村真民

                     (菩提樹第38号より)

 

「二度とない人生だから」と詠む真民さんの言葉には、人間としての有り難き生をいただいたことをいちおしむ思いと、さればこそ人としての真実一路をひたむきに歩んでいこうとする誠実さがにじんでいる。

「二度とない人生だから」を「死んだら終わりだから」と私たちは考えていないだろうか。「死んだら終わりだから、なるべくおもしろおかしく生きていこう。」確かにそれも一つの生き方である。

 しかし、そう言い切るには、一抹の後ろめたさが残る。善く生きようとする人間の本然の心が抗議の声をあげる。その声は微かで、ともすれば聞き漏らしがちだ。あるいは確かに聞こえたのだが、聞こえないふりをすることもあるかもしれない。だが、その声を大切にしたい。なぜならその声こそ自分の本当の思いなのだから。

 何が大切で、何が大切でないのかを訴え続けている私たちの心の声を、真民さんの詩は代弁してくれている。

                      (平成28年2月2日)

「 憲法十七条 」   聖徳太子

二に曰く、篤く三宝を敬え。

三宝とは仏法僧なり。

則ち四生の終帰、万国の極宗なり。

いずれの世、いずれの人か、

是の法を貴ばざらん

人ははなはだ悪しき者鮮(スクナ)し。

                                       能く教うなれば従う。

                 それ三宝に帰せざれば、

                  何を以ってかまがれるを直くせん。

                                        (菩提樹第36号より)

 

 長く一万円札の顔であった聖徳太子はすぐれた政治家であると同時に真の仏教者でもあった。

 親鸞聖人は聖徳奉讃の中で太子のことを「和国の教主」と称えられ、

敬慕されている。

 何が正しくて、何が誤っているのか。自分中心にしか生きられぬ私たちにとっては本当には決しがたい。

 自分の都合や好悪がいつでも善悪をはかる基準になっていないか。自分に都合が善いこと、好きな人は善、自分にとって都合の悪いこと、嫌いな人は悪。ゆらゆらと揺れ動く自分の心を判断の基準として、どうして善悪を正しくはかることができるだろうか。

 絶対にゆるがない法の真実をもって、善悪をはかり、如来の心をもっておのれの不実を写し出す明鏡とする。

 太子は一国の政の基に仏教を据えられた。仏教をもって真実をはかる秤とされた。まがりを直す鏡とされたのである。

 私たちもまた、いかなることにも狂わない真実の秤と、どんなことにも曇らない真実の鏡をもたなくてはなるまい。親鸞聖人はそれを「ただ念仏のみぞまこと」と、お示しくださっている。南無阿弥陀仏。

                             (平成28.1.19)

「 なぜですか 」

「おれが入院して元気になったかて、誰が喜んでくれるんや。結核が治っても、体力がなくなるんやで。今までもな、退院してから、必死に働いたんや。けどな続かへんのや。また再発や。その繰り返しや…。それよりな、ここにいて、酒のんで、ひっくり返って、死んでしもうたほうがええんや。おれの人生は、それでいいんや。」

            入佐明美著「ねえちゃん ごくろうさん」

                   (菩提樹第35号から)

 

 入佐さんは釜ヶ崎(日雇い労働者の街)で働くキリスト教のボランティアケースワーカーである。結核らしい男性に入院を強く勧めたときにかえってきたのが、この言葉であったという。

 誰のために自分は生きるというのか。このまま死んだからといって、誰が本当に自分の死を悲しんでくれるというのか。そこに確たる解答がなかったなら「俺の人生は、それでいいんや」そう言うしかない。

 そうではないんだ。そうではないんだ。あなたの命はあなたの命ではないんだ。あなたの命も、この私の命も、如来さまからのたまわりものの命である。だから大切にしなくてはいけません。善く生きなくてはなりません。

 たとえこの世に誰ひとりも自分のことを考えてくれる人がいなくなったとしても、如来ひとりはどんなときも、自分の上に慈悲のまなざしをむけ、見守っていてくださるのだ。

 どうか、如来の願いに目覚めてください。お願いします。合掌

                         (H.28.1.7)

「 七 仏 通 戒 」

 諸 悪 模 作

 衆 善 奉 行

 自 浄 其 意

 是 諸 仏 教    涅槃経

        (菩提樹34号から)

 

 仏教の教えとは、一言でいったらどういうことか。それは、悪をなさず善をなし、自分の意(こころ)を浄くすることである。なんだ、そんなことか、そんなことなら三歳の子供でも知っている。だが、三歳の子供でも知っていることを、本当にできる人がどれだけいるのか。

 タバコが健康に悪いことは、知っている、だがやめられない。悪口が悪いことであるのはわかっている。だがつい口をついてでる。

 法句経に「善からぬこと、おのれのためにならぬことはなし易い。ためになること、善いことは、実にきわめて作(な)し難い。の言葉がある。

 三歳の子供でも知っている道理を実行できない私の現実がある。この現実の私の姿を道理にそって歩めるように矯め治していく、それが仏教の教えである。あたりまえのことがあたりまえにできる、そういう人間になれと教える。

 仏の教えは遠いところにあるのではない。自分の毎日の日暮らしの中にある。                        (H.27.12.30)

「 論 語 」

  子日、朝聞道、夕死可(なり)

 子の曰く、朝(あした)に道を聞きては、夕べに死すとも可なり

 (*先生がいわれた、「朝(正しい真実の)道が開けたら、その暁に死んでもよろしいね」)

             「論語」 金谷治訳注 (岩波文庫)

                                              (菩提樹第31号から

一年の最初に論語を選んでみた。折にふれ、心に去来する言葉である。

 釈尊の言葉には「最上の真理を見ないで百年生きるよりも、最上の真理を見て一日生きることのほうがすぐれている」がある。

 「死んだら終わり」そういう考え方が蔓延している。その考えに感染すれば、できるだけ長生きをして、この現世をおもしろおかしく生きていくことだけが、人生の目的となろう。そうなれば、それを実現してくれるお金と、健康が日々の関心となる。

 もはや道も真理も、聞く耳もたぬ、だがやはり死ぬのはこわい。そんなところにいま私たちはいるのではないか。

 さればこそ、そのおまえを救おうとさしだされた弥陀の慈悲だ、どうして素直にいただけぬのか。

 「よろずのこと、みなもつてそらごとたはごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておはします」

 そういう世界がひらけたら、もはや「死んだら終わり」の世界は飛び越えている。念仏者が道を開き、真理を見るとはそういうことだろう。

                        H.27.12.17

「 ある少女の詩 」


わたしは一本のろうそくです

もえつきてしまうまでに

何かいいことがしたい

ひとの心によろこびの灯をともすことのできるような いいことがしたい。

            東井義雄著「根を養えば樹は自ら育つ」から

                                           (菩提樹第33号から


 作者は精神薄弱の中学生であるという。

「もえつきてしまうまでに なにか一ついいことがしたい。ひとの心によろこびの灯をともすことのできるような いいことがしたい」

 こんな思いを忘れていた。

 この詩を読んだ時、涙がこぼれた。少女の心が有難かった。尊い願いをおもいださせてくれた。自分の姿のあさましさを目の前につきつけられたように恥ずかしかった。

 毎日一生懸命生きている。そう胸を張って言うことはできる。だがその一生懸命はどこまでも自分のためだけではないのか。「ひとの心によろこびの灯をともす」そんななにかを、これまで自分は本当にしてきたか。

 この詩の清らかで純一な願いがすべての人の願いにならねばならない。わけても僧侶の道心はここが出発点でなくてはならぬ。

「死ぬまでにたったひとつでいい。人の心に灯をともすような、いいことがしたい」そう念じて私も生きていきたい。

 南無阿弥陀仏  幸仏                  H.27.12.4               

 「 恩 徳 讃 」

  如来大悲の恩徳は

    身を粉にしても報ずべし

  師主知識の恩徳も

    ほねをくだきても謝すべし

          (菩提樹第30号より)

 一年の最後の言葉に親鸞聖人の恩徳讃をいただいてみた。

 二年前に得度したが、その時に一緒だった人の言葉が忘れられない。「恩徳讃は、そんなのんきな気持ちで歌える歌ではないんだ。ただ、有難いというのではない。もっと厳しい私達の努めを歌っているのだ。」

 在家出身の人であったが、しかたなしに得度を受けに来ている寺族の子弟の、なまぬるい態度ががまんならなかったのだろう。

 如来の大悲の恩徳深きを知らされたら、その万分の一でも返さずにはおれないはずだ。かかる大悲の教えに導いてくれた善知識には、いかようにお礼しても足りないはずではないか。

 今年一年どれほどのご恩報謝ができたであろうか。報謝行は人さまざまであってよい。

 しかし南無阿弥陀仏ひとつをいただいて生きてきたかどうか、念仏者はそこを反省しなくてはなるまい。     (2015.11.16更新)

 

 

「明日の目的のために

    今を生きているのではない

           今が全部だ」(菩提樹第29号より)


 ここ二、三年座右の銘としている。何かこれをやろう、と思う。それはすぐにはできない。その目的を達成するまでは、と歯を食いしばる。目標達成までの一日一日がいつのまにか、明日のためにある今日になってしまう。そうして、その目標が達成されると、次の目標へと向かう。それはどこまでいってもきりがなく、いつでも追い立てられているような毎日であった。そんな時に、この言葉に出遇った。

 確かに大志、夢、理想、希望は一日ではならない。成るまでに長年月要する。しかし、その長年月の一日一日は、目標達成の過程ではなく、今日一日の目的である。今日が全部なのである。

 その今日の中に、大志があり、夢があり、理想があり、希望がある。それらは長年月の果てに実現されるのではなくて、今日一日の務めの中に日々実現されているのである。

 今日は明日のための手段でない。今日は今日のためにある。今日を生きずに、いつ本当に生きるのか。今しかないのだ。(2015.11.4更新)

虚 空 蔵 菩 薩 (菩提樹第28号より)

 

 虚空蔵菩薩は、衆生が求めるものを、すべて自由に与える力をもち、

さらに菩薩に祈願することによって広大無辺な智慧と福徳を授けてくださる菩薩さまとして衆生の中で信仰されてきたのだという。

 仏教には興味がないという人でも仏像は好きだ、という人は意外に多い。仏像は見る人の心をやすらかにする。

 全てを見抜いていながら、裁くことをせずそのままに救う、そういう智慧と慈悲の体現者としての仏、菩薩の心が自然と見るものの心に浸み込んでくる。

 仏教の育てを受けるということは、自己中心的にしか生きられぬ己が姿の真実を知り、そういう自分なればこそかけられた仏の願いに目覚めることである。そのとき人は佛の大悲に感涙せずにはおられない。そして、仏に赦されてある身であることを知った者は、もはや人を裁くことはできない。赦されてある自分が、どうして人を裁くことができようか。あるがままに人を受け入れるのである。周囲に安らぎをもたらす人とは、そのような人だろう。        (2015.10.18更新)

   表 題 (菩提樹第27号より)                

     雨                   野村康次郎

     雨は  ウンコの上にも

     おちなければなりません

     イヤだといっても  だめなのです

     誰も

     代ってくれないのです

     代ってあげることも  できないのです

                東井義雄著「仏の声を聞く」から


 東井さんは、中学生のときに、大経の「独来独去 無一随者」の言葉に出会ったという。

 「独り来たり、独り去り、一の随う者なし」

たった一人で生まれ、そして死ぬときにもまた、たった一人で死んでいかねばならない。いやだと言って代ってもらうこともできず、かわいそうだからといって代ってあげることもできない。どこまでもたった独りの道ゆきである。まことに厳しく辛いことである。

 しかし、誰もが、それはたとえば雨さえもが、今日今時のたった一度のいのちを懸命に生きている。後にも先にも、それはこの自分だけしか経験できない、貴重な一瞬を生きている。そう考えてみると、「独来独去 無一随者」は、ただ厳しく辛いことばかりではない。得難く有難い命をいただいているのだと知ることができる。

 人生の苦難は避けることができない。代ってやることもできない。しかし、「生きてよし、死してよし、どこまでもみ手のまんなか」そういう世界を恵まれている念仏者にとって、それがなんのさわりになるだろう。東井さんはそう教えてくれた。     (2015.10.1更新)

表題 「仏の声を聞く 真実の声を聞く」(菩提樹第25号より)

 

 真宗教団連合法語カレンダーの7月号の言葉を選んでみた。作者は桐谷順忍先生である。

浄土真宗は「聞」の宗教であるという。何を聞くのか。仏の声である。真実の声である。それでは、仏の声とは何か。真実の声とは何か。南無阿弥陀仏である。南無阿弥陀仏なら、毎日自分で称えて耳にしておる。その南無阿弥陀仏が仏の声であり、真実の声であるという。なぜ、南無阿弥陀仏が仏の声であり、真実の声なのか。そこを聞くのが、真実の「聞」である。

「聞というは、衆生、仏願の生起本末を聞きて疑心あることなし、これを聞というなり」({教行信証}信巻)

「仏願の生起本末」の説明を聞いて南無阿弥陀仏のいわれを理解することは誰にもできる。しかし、南無阿弥陀仏がそのまま仏の声に聞こえ、真実の声に聞こえるという人は希である。

 ここに真宗の「聞」の難しさがある。     (2015.9.14更新)

 

H.28年2月12日

住職創作室更新