住職創作室

 このコーナーは、住職の創作室として、浄土真宗の教えを離れて、住職の私が、自由に物語(小説みたいなもの・エッセイみたいなもの)をつむいでまいります。直接に、浄土真宗のお話がでることはありませんが、書き手の私の死生観は随所に顔を出すのではないかと思っています。

 住職法話で少々肩が凝られたら気楽に覗きに来てみてください。連載は月1回くらいのペースで更新しようと思います。

 

 今月から新しい作品を転載してまいります。これは長年お寺の伝道紙である菩提樹に連載してきたもので『歎異抄物語』といいます。未完なのですが、一応の区切りをつけて終えましたので、このたびからこちらを連載することにいたします。

 

    第9話 『歎異抄物語』 ④ (2020.3.10.更新)

 梅干し ④

 「あなた、担当になったて、何の担当よ」

 思い出したように、真佐子が聞いた。

 「いや、ぼれ、季刊京都大路の編集をしていた五代さんが、来春定年だろう。それで昨日社長から今度は君がその編集をやってくれって言われてさ」

 信夫の勤めているのは京都の桂にある都出版という小さな出版社であったが、観光都市という土地柄もあって、主に広告とりのための雑誌のようではあったが、もう長く季刊誌を出していた。三十頁にもみたない小雑誌だが、タウン誌として案外に根強い人気があり、市内の目ぼしい書店はもとより東京・大阪などの大きな書店にも『都大路』を置かせてもらっていた。

 「まあ、あなたすごいじゃないの、都大路をまかされるなんて」

 確かに社の看板ともなっている雑誌なのだから、それをまかされるというのは名誉なことではあった。しかし、社長以下社員が五人に満たない会社で、五代の次にくる男性社員といえば、四十六歳になる自分しかいないのだから、年の順番というところだろう。

 「それでいつから、やるの」

 「来年の夏号からだ」 

 「そう、がんばっね」                                        

 

第9話 『歎異抄物語』 ③ (2020.2.13.更新)

  梅干し ③

 地方のしがない出版社ではあるが、なんとかリストラにもあわず、ご飯が食べられているのだし、現にこうして中古住宅ではあるが、なんとかわが家を手にいれて、一家五人と犬一匹が無事に暮らしていられるのだから、それをまず幸せに思わないとな。

 朝刊のページを繰りながら、過労死の問題にけりをつけるように信夫は心に呟いた。

「おい真佐子、今度な僕が担当になったんだ」 

「何のこと、…あなただめよ、そんなに梅干し食べたら、体にいいからって、そんなにいくつも食べたら、塩分の摂りすぎになるわよ。」

 梅干しの壺に箸をつっこんで、いいころ具合の大きさのやつを物色していた信夫の姿をめざとく見つけて、少々きつい調子で真佐子がとがめた。

「もうひとつくらいいいだろう。小さめのやつを食べるから」

「だめだめ、それでなくったって、あなたはからいものが好きなんだから」

 壺に入れた箸をしぶしぶ引き上げると信夫は仕方なさそうに箸を置いた。

 まだ家のローンもたっぷり残っていることだし、ここは真佐子の言う通り、いくら健康のためといっても、過ぎたるは及ばざるがごとしの類だ、やめておこう。 

 

 第9話 『歎異抄物語』 ② (2020.1.24.更新)

   梅干し ②

 「お帰り」

 果肉をしゃぶりつくしてつるつるになった種を茶碗に吐き出しながら、キッチンに戻った女房に声をかけた。

 「毎日暗いニュースばかりでいやになるな」

 「まあ、何があったの」

 「過労死ってさ、真面目に働いている僕ら中年サラリーマンにはたまらないね」

 「本当にね。でも大変なのは奥さんもよ。ご主人がリストラになる、ボーナスはカットされるで、みんな生活防衛に必死よ。ほら、あなたも知っている自治会の橘さん、あそこの奥さんまで最近はパートにでているそうよ」

 「へえー、あの橘さんちでもか」

 町内でも資産家で知られた隣人で、その奥さんは罪はないのだが、どこか気位の高い感じのする人だったのを思い出しながら、信夫は金に振り回されて汲々とし余裕のない日本全体の社会の動きがごく身近にあることを改めて思った。…なに、よそへ求めなくたって、うちだってそうだ。

 ガラガラっと威勢よく開けた音が聞こえた。

 「ただ今」

 犬の散歩に行っていた二人の娘が息を弾ませて帰って来た。娘たちの早口のおしゃべりと、からからと渇いた陽気な笑い声がそよ風のようにさわやかに信夫の耳に飛び込んでくる。こんなとき信夫はいつも幸せを感じた。

 

 第9話 『歎異抄物語』 ① (2019.12.21.更新)

 梅干し 

 湯呑に沈めた梅干しの実を箸でほぐしながら、信夫は朝刊に目を落としていた。

 「過労死 最多160件」「自殺・未遂 43件」

 ひどいものだ。ここ数年の不況で、企業は容赦のないリストラを進め、残ったものは必死で会社にしがみつき、なんとかリストラされまいとがんばって、その報いが過労死か、一体何のために働いているのか。

 そういえば、学友の佐藤はどうしたろうか、風のたよりにリストラされたと聞いたが、当時は成績抜群で、誰もが憧れた大手の銀行に胸を張って入社して、順調に出世街道を歩んでいるように聞いていたのに、わずか20年ちょっとでこれほど社会が変わってしまうとは、本当にあてになるものはなにもない。

  「ああっ、すっぱい」

毎朝健康のために一つ口に入れるこの梅干しの酸っぱさだけは、ひとつもかわらない。

 「ただいま」

 玄関先で車のキーをつけた鈴の音をならしながら、真佐子が元気よく帰ってきた。高校に通う長男を最寄りの駅まで車で送って来たのだった。

 

 

 

 

第8話 「その夜の親鸞」 ⑳ 最終回 (2019.11.19.更新)

 そう、お師匠様が言葉を結んだ時、いまだ不信の顔を結ぶものは、誰もおりませんでした。はるばる訪ねてこられた関東のお同行の面々の顔には、いまさらのように「そうであった、そうであった」とうなずくようにして得心した安堵の表情がありました。

 まるで真空状態の中でお師匠様の話を聞いていた庵が、ふっと現実世界に舞い戻って、激しく吹き付ける風雨の音に包まれたようでした。ですが、そこにはもはや先程までの触れれば切れるような緊迫した空気は微塵もございませんでした。かつてお師匠様がまたまだ精気にあふれて関東の地で伝道に勤しまれ、その熱意あふれたるご法話を熱心にお聞かせいただいた時と同じ、弥陀のお慈悲に包まれた和やかな師弟の空気があるばかりでございました。

 誰ともいわず、お念仏の声が漏れ出ると、皆がそれに唱和してお念仏を称えて、そこには弟子も師匠もありませぬ、唯々素純にお慈悲を悦ぶ同行がいるばかりでございました。

 外は、今も変わらず激しい風雨が吹いておりました。                        完 

 

第8話 「その夜の親鸞」 ㉑   (2019.10.16.更新)

  「このような愚かな親鸞を救うと建てられた阿弥陀様のご本願が真実であるならば、そのご本願のお心を伝えるためにお出ましになられた釈迦如来のお言葉に嘘があるはずがない。その釈迦如来のお言葉をそのごとくいただかれたのが善導大師であらせられるのであるから、その善導様のお言葉にも嘘偽りがあるはずがない。その善導様をこそお念仏の善知識としてお慕い申しあげたのが法然上人であらせられる。そうであってみれば、その法然上人の言葉が偽りの空言であるはずはない。法然上人のお言葉が真実であるのであれば、その上人のお言葉のままに、お念仏の教えをそなたたちに伝えた、この親鸞の言葉もけっして空しいことはあるまい。親鸞の信心といって、煎じ詰めればこれだけのことなのだ。」

 噛んで含めるように諭されたその後で発せられたその次の言葉には、仏道の厳しさを突き付けるような恐ろしさがあったことを、私は今も鮮明に覚えております。

「さあ、もうわしは言うべきことはすべて話した。このうえは、お念仏をとろうと、捨てようと、それはそなたたちが自分で決めることだ。後生の道は、誰も代わってはくれぬ。たとえこの親鸞であっても、それはかなわぬことだ。そなたたち一人ひとりが自分で解決するしかない道なのだ。」

 

第8話 「その夜の親鸞」 ⑳ (2019.9.16.更新)

 さすがのお同行衆も、もう一切の問答は受け付けぬというお師匠様のご様子にあわれては、重ねて何を尋ねることができましょうか。まだどこかに不審の種火は埋もれた炭火のように残っているようにも見受けられましたが、誰ひとりとして口を開いてものを言う者はありませんでした。びゅうびゅうと吹く風の音が急にはっきりと聞こえてきて、静寂な庵の中にかまびすしく響き渡っているのを、皆じっと聞いていました。

 いささかご自身のきついお言葉に、一同が叱られた子供のように意気消沈しているさまにあわれをおぼしめされたのか、お師匠様は今度はいつもの優しい慈しみの響きをもってこうおっしゃいました。

 

第8話 「その夜の親鸞」 ⑲ (2019.8.21.更新)

 ですが、はるばる関東の地から訪ねてまいられたお同行方の表情には、まだ不審の色がありありと残っておりました。お師匠様の胸のうちの深い述懐までは知るよしもございますまい。まだ、法然様の仰せをいただくばかりであるという明解なご回答をそのままいただくことはできないようでございました。

「されど、お師匠様…」と年かさの蓮信房様が一同の不服を代弁するように言葉を発したのです。が、その時です。まるで一切の言い立てを遮るようにこうおっしゃったのです。「わしはお念仏が浄土に生まれて往く因なのか、地獄に堕ちていく業なのか、知らない。仮にお念仏をして地獄に堕ちたからといって、この親鸞はお師匠様にだまされたとお師匠様に恨み言を言うこともない。なぜかといって、もしお念仏以外の他の行をしてさとりをひらけたところ、お念仏を申したために地獄に堕ちたというのであれば、それはお師匠様にたばかられたという恨みごとも言わずにおれまい。しかし、この親鸞は、どんなにやってもこの身の上では、さとりをひらくことのかなわない罪の深い、極悪人である。そのままいけば、所詮地獄に堕ちるより外にしようのない者であった。だから、地獄に堕ちるのは、おのれ自身の業の報いとわかっておる。その自分が助かる道は、そのようなの者をお助けくださる阿弥陀如来のお慈悲以外にないと、法然様のお導きを受け入れたのだ。お念仏で地獄に堕ちようと、堕ちまいと、わたしにはもはや関係がない。」

 ほとんど言い放って、わしはもう知らぬというような言いぶりでした。これまで慣れ親しんだ日頃のお師匠様の、慈愛に満ちた噛んで含めて聞かすような言葉の響きは微塵もございませんでした。

 

第8話 「その夜の親鸞」 ⑱ (2019.7.7.更新)

 それはほんの短い時間でございましたが、そのわずかな時間にお師匠様は、若き日のご自身の求道の歩みを思い出されていたようにお見受けいたしました。そしてその苦しい道程の最後に縁あってよきひと源空法師にお出会いになられたことを心底喜ばれていたように思われます。なぜならその束の間の回想から、お同行のところへお戻りになられた時、静かに目を お開けになって、実に穏やかでおやさしいお念仏をにお称えになられたからでございます。お師匠様がこのようなお念仏を申される時は、いつでも法然様のご恩をしのばれた時であることを、私はこれまでの経験でよく存じておりました。 

 「…だから、わしにはあらためてそなたたちに教え聞かせるような特別の法門は持ち合わせてはおらぬ。ただよき人の仰せをいただいて、弥陀にたすけられて浄土に往生させていただくことを大いなる喜びとしてお念仏申すばかりである。」

 そう語るお師匠様のご様子は、先程のあの容赦のない厳しい断言とはうって変わった、自身に言い聞かせ、そこに迷いもてらいもない懐かしみの調子が籠っていることをわたしは感じたのです。

 

第8話 「その夜の親鸞」 ⑰ (2019.6.15.更新)

  そう、この最初の邂逅こそ、すべての始まりであった。わたしはその後、よきひとの源空上人の仰せの意味を、この身で明らかに聴き届けんと、百日の間というもの、照る日 も降る日も、風の吹く日も、吉水の草庵に参ったのだった。そして、ある日のこと、それは建仁元年、わたしが二十九歳の時であったが、明らかに如来様

のご本願の心が聞こえた。わたしはおまかせひとつと疑い晴れて、ただ悦びのうちにお念仏申した。そしてこの時比叡の山で身につけた自力の行の一切を捨てることになったのだった。 

 

第8話 「その夜の親鸞」 ⑯ (2019.5.19.更新)

 だから尊いお念仏の教えを聞いてまでも、まだまだ自分でやれる、自分もがんばらねばと、自分から仏様になる道を捨てられぬのじゃ。しかしよくよくお慈悲を聞かせてもらえば、とても自分から仏になる道など歩むことがかなわないことがわかる。そうなれば、仏様が下された救いに任せる以外に、わが後生の助かる道はございませんでしたとわかるはずじゃ。如来の心がわかるということは、自分自身の姿がわかるということ、そして自分自身がいかなるものであったかがわかることは、それはそのまま如来とは何か、如来の心とは何かがはっきりわかることだ。かく言うこの法然も自分というものがわからなんだ。そのためにお念仏を申しながらも、真実には如来の心をそのごとくに受け止めることができなかった。だからわしにはな、そなたの苦しみ、今、そなたがどういうところに身を置いているのか手にとるようにわかる。ここが範宴よ、聞きどころだ。他力とは何か、如来の心とは何かが聞けたなら、もう何もいらぬ。あとはただ南無阿弥陀仏のお念仏に抱かれてこの越えがたい難度海を安んじて渡らしていただくばかりだ。聴聞せられよ。聴くがよい。お聞かせいただく一つじゃ。」

 

第8話 「その夜の親鸞」 ⑮ (2019.4.12.更新)

 「よいか範宴よ、南無阿弥陀仏は軽石になろうとどんなに修行をしても、決して軽石になることができない私どもと見抜いて、そのまま死ねば自らの悪業煩悩の報いに地獄に沈んでいくしかない者と憐みたもうた仏様が、そのわしらを必ず真実のさとりの世界である彼岸の浄土に救いとり、その世界に連れて帰ってくださる仏様の救いの船なのだ。仏様の方から、わしらの方に向かって差し向けられたお救いの法そのものが南無阿弥陀仏なのだ。だからそれはわしらが、何もはからい足すこともいらない、いや、そんな自力のはからいはかえって如来様のお救いのはたらきの邪魔をするものだ。南無阿弥陀仏は如来様自身の救済活動の姿なのだ。だからわしらがすべきことは、わしらを目当てにそんな大きなお慈悲のはたらきがあるということを信知して、お任せする一つじゃ。その任せきった姿こそ、他力救済の船に乗らせていただいたわしらの相というものだ。その船に乗せていただいたら、もう後は仏力で参らせていただく浄土だ。わしらはただその尊いお慈悲のお心をいただいて、お念仏申してその御恩に報いたてまつるばかりである。そなたは、如来の心がわかっていないというのは、まだ本当には自分というものがわかっておらんのだ。

 

第8話 「その夜の親鸞」 ⑭ (2019.3.18.更新)

 「だがそなたがさっきも言ったように、その真実の心がどうしても作れず、だからどんなに称えようともそこに如来様に廻向できるような真実のお念仏を称えることができなかったのであろう。その真実のお念仏を称えようと必死に苦労しておったのだ。お念仏とはな、そのような一遍の念仏をも称えることのできない私どもであることを見抜かれた仏様が、わしらを救おうとして働いているお相(すがた)なのだ。それは仏様ご自身の救済活動の印なのだ。わしらが手掴みして、自分の勝手にできるようなものではない。たとえば、石は自性が重いからそのまま落とせば水に沈んでいく。ちょうどそのように悪業煩悩のままであれば、わしらはその業にひかされて地獄に堕ちていく。だからこそわしらはその煩悩を断じ尽くして決して沈むことのない軽石になろうと励むのである。そなたもそれを20年の長きにわたってしてまいったのであろう。このわたしにしても30年といいう長い間そのような自力の求め、自力の行道に励んだのだ。その自力の行のひとつにそなたはお念仏を用いた。軽石になるためにそなたは必至でお念仏を称えたのであろ。だが、それが本願のお心を聞き損なった姿なのだ。 

 

第8話 「その夜の親鸞」 ⑬ (2019.2.10.更新)

 法然様は私の心中の疑念をすばやく見て取ると、重ねてお譬えして他力とは何かを私に教えてくだされた。

「一度聞いて、それでわかるもよし。しかしまた懸命に聴いて聞けるもよし。いずれも如来様のおん計らいでお聞かせいただく法じゃ。そなたが二十年の長きにわたって求めていた念仏とこの法然が説く念仏と違いはただこちらのいただき心のみじゃ。南無阿弥陀仏に叡山も吉水も違いはありはせぬ。さて、そなたの叡山での求めを譬えで味わってみせよう。なに、それはこの法然も歩んだ道なのだから、わしにはそなたの今の心、立ち位置がなへんにあるか手に取るようにわかるのじゃ。そなたは悟りを開かんがために、お念仏を自分でなそうとしていた。立派な心持になり、その心持になったうえから懸命にお念仏を称えて、さあ、これだけお念仏を称えたのですから、どうぞわたしを浄土に往生させてくださいませと、如来様へ向かって自らの念仏を廻向していたのだ。その念仏はそなたが自分の手で握りしめ、握りしめた念仏で自分を磨き立てようと励むようなお念仏であった。

 

第8話 「その夜の親鸞」 ⑫ (2019.1.29.更新)

 おまえが、これまで称えてきたお念仏は、そのまま救うという如来様の仰せを聞き損なった自力根性を染みつけた自力の念仏というものだ。それだから、どんなにお念仏を称えようとも、これまでそなたが叡山でおさめた他の自力の修行と同じこと、悟りを開くなどとても叶わなかったのだ。だが、範宴よ、かく言うこの源空もこの如来様のお心を聞くひとつにどれほど骨を折ったことか。自ら行を積んで仏になる、それ以外の仏道があるなどとは考えがおよばなんだ。仏様が救うてくださる仏道、だがそのお救いにそのまま身をゆだねてて救っていただく、そんな仏道があるなど、考えてもみなんだ。しかし、その不思議な法が間違いなくこの源空に届いている。その証拠こそが、南無阿弥陀仏なのだ。そこひとつを聞くことが肝要じゃ。」

 法そのもの。南無阿弥陀仏は如来の救いのはたらきそのものの相。それはどういうことであるのか。私が浄土往生を願い、そのために必死で称えて、浄土に往生しようと積み上げる功徳ではないというのか。私にはわからない。源空法師のもうしている南無阿弥陀仏とはいったいどういうことであろうか。

 

第8話 「その夜の親鸞」 ⑪ (2018.12.23.更新)

 この仏はな、端からそなたの立派な心も、たくさんに積み上げられたお念仏の功徳なども求めてはおらぬは。そなたにそんな真実の心があるくらいなら、如来は動きはしない。そなた自身で自分の身をどうにでもできるのだからな。たが、如来は、わしらがそれをできないと見抜かれたのだ。どうあっても苦悩の生死を自らの力では抜け出ることができないのが、このわしらだと仏様が見抜かれたのだ。だから、如来は、わしらをそのままに救うと仰せられている。そのままに救うのだ。そのままに救う、その働きの姿こそが、わしらがいただいいている南無阿弥陀仏である。それはわしらの心や行いに一切さえられることのない仏様自身の智慧と慈悲の活動の相なのだぞ。それを他力というのだ。おまえは、その他力がわかっておらぬ。如来のお慈悲の心がわかっておらぬ。真実の心のないもの、そのために仏になるための真実の行も修めることのできないもの、そう見抜かれたがゆえに起こされた仏様のお救いのはたらきに、そなたはまだ自分の心を真実にしようだとか、その真実の心になって称えたお念仏の功徳で浄土に生まれて往こうとたくさんのお念仏を称えるという自力の行を積もうとしている。そなたがたのんでいるものは、仏のお慈悲でははなく、自分自身の心と行であろうが、それが他力を疑い、如来様のお救いの法に背いている姿というものだ。

 

 

第8話 「その夜の親鸞」 ⑩ (2018.11.6.更新)

 穏やかな口調ではあったが、その源空様のお言葉はまるで雷のようにわが心に轟き渡った。他力がわかっておらぬ、その大本の如来の心がわかっておらぬ、とは。自分か叡山で勤め励んだお念仏の一切は空言であったということか。呆然としている私に、源空様は静かに諭すように語りかけてきた。

「よいか、範宴、そなはな、如来の心、いや、おのれ自身がいかなる者であるかが、まだ本当にわかっておらぬ。おまえは、なぜ如来をたのむ。お念仏を申して、何を如来に願っているのだ。それは、生死解脱であろう。その生死解脱をなさしめんと阿弥陀仏をたのみ、お念仏を申しているのであろうが。そのためにおまえはこれまで山で二十年という長きにわたって修行をつとめてきたと先ほど申したであろう。だが、それにもかかわらずその目的を達することが叶わなかったと申したではないか。そうであるなら、どうしていつまでもその己をたのむ心、自力の心を捨てぬのじゃ。阿弥陀という仏はな、どうやっても自らの力では、悟りを開くことのできない者を殊のほか憐みたもうて、必ず真実の浄土に迎え取って仏にすると誓われて、その誓いを成就して南無阿弥陀仏という仏になられた方である。」

 

第8話 「その夜の親鸞」⑨ (2018.10.8.更新)

「はい、私は浄土を一心に願いながら、真剣に真実の心をもってお念仏を称えるようにいたしました。そしてもとより一遍よりは十遍、十遍よりは百遍、百遍よりは千遍、千遍よりは万遍とお念仏を称え、みずから称えたその念仏の功徳をもって、かかる阿弥陀仏の西方極楽浄土への往生を願ったのでございました。しかし、わたくしには、どうしても真実のお念仏を申すことができませんでした。わずか一声のお念仏であっても、そこにわが心の垢がついていて、如来様へ差し上げるにふさわしい、如来様の心に適った真実のお念仏を申すことができなかったのでございます。」

「そなたはな、如来の心を聞き損なっておるぞ。そのような聞き損ないでは、一生お念仏を称えようとも往生はかなうまい。」

「源空様、それはどういうことでございますか。如来の心を聞き損なっているとは、この範宴の領解のどこに聞き損ないがあるのでございますか。」

「おまえは、阿弥陀のお慈悲をなんと心得ておるのか。如来様は、われらのことをどうおぼしめされていると考えているのか。範宴よ、そちは口ではお念仏を称えながら、その念仏が他力であることをわかっておらぬ。そしてその他力の本願力という働きが如来様のいかなるお心から起されたものであるかが全くわかっておらぬ。」

 

第8話 「その夜の親鸞」⑧ (2018.9.8.更新)

 「範宴と申したな。私も叡山で三十年にわたる修行をしてまいったが、そなたは山でいかなる修行をして参ったか。」

「はい。私は堂僧でございましたので、日頃は不断念仏を申しておりました。そして時に触れては、常行三昧堂に籠っての常行三昧行にもいそしんでまいりました。しかし、いかように行に励もうとも、どうしても後生の闇を晴らすことができませんでした。」

「ほう、そなたは堂僧であったか。それでは不断に念仏修行なされたことであろう。して、この法然もたずねられるままにお念仏を勧めておるのだが、いったいそなたはどのような心もちでお念仏を称えておったか申してみよ」

 そう、そこなのだ、この範宴に不審なのは、山を下りられたこの源空様もただ一筋に念仏ひとつを勧められているとうけたまわっている。そしてここを訪ねて参ったこの私も叡山では二十年にわたってお念仏ひとつを称えてきた。いったい同じ南無阿弥陀仏にいかなる違いがあってか、源空様はあきらかな智慧を開かれたのであろうか。そして、六角堂の聖徳太子のご本地たる救世観音菩薩がお念仏を勧める源空様を訪ねよとお示しくださったその源空様の説かれるお念仏とはいかなるものであるのだろうか。内心にこの疑問を蔵しつつ、私はおずおずと答えた。

 

第8話 「その夜の親鸞」⑦ (2018.8.23.更新)

 「天台の僧範宴というのは、そなたであるか。して、わしに用とはなにごとであるか。」

 この御方が世に智慧第一の法然房とうたわれた源空法師であるか、深々と威厳に満ちたお声とすべてを見抜くほどの鋭い眼光を具えていらっしゃる。しかし、それでいながらその御身に漂う慈愛に満ちた懐かしい気はなんであろうか。

 とても自分の尺度で計れるような御仁ではない、初めての対面で、そのことだけが瞬時に悟られた。

「はい、わたくしがその範宴めでございます。わたくしは悟りを求めて、比叡の山で九つの時より二十年の間修行に明け暮れてまいりました。しかし、いかような修行を積んでも、おのれかわいやの煩悩を断滅することができません。すでに二十九歳となり、このまま悟りを開くことができないままに、山での修行を続けてよいものかどうか、迷いました。それで自身のとるべき道を尋ねて六角堂の救世観音菩薩様に教えをこうべく百日の参籠をいたしました。そうしたところ先ごろ、それはちょうど九十五日目のあかつきのことでございましたが、私の夢の枕に菩薩様がおでましになって、源空様のもとへ参るがよいと夢のお告げをいただいたのでございます。それで、こうして不躾をかえりみず、上人様をお尋ねしてまいりました。」

 そう、あの時、お師匠様は、私がいかなるものかを子細に観察するように、じっと私の目を見て話しを聞いてくだされた。

 

第8話 「その夜の親鸞」⑥ (2018.7.15.更新)

 いつものあの慈顔のお師匠様は、どこかにいらっしゃるのかと、私は内心でいぶかしく思いながら、静かに話されるそのお話に耳を傾けていたのでございました。

 「そなたたちが身命を顧みずに、東国よりこの親鸞を訪ねてこられたのは、ほかでもあるまい。このわしらのいのちの行方、後生の一大事の解決についてであろう。たしかに、この一事が定まらないのであったら、何がどうあろうと浮世のことは、とごまでもはかなき夢のままに終わるだけのものである。だが、はっきり申すが、わしは、東国において、そなたたちに申したほかに、隠し持っているような特別な法門などは何ひとつも無い。わしは恩師上人様よりお聞かせいただいた阿弥陀様のご本願のありたけをすべてそなたたちに話したのだ。だから、今こうして、命がけでわしを訪ねて来られたそなたたちに向かって、こと新しく説いて聞かせることなど何も持ってはおらぬ。もし、それでもというのであれば、南都北嶺の地には深い学識のある立派な道の師が大勢いることであるから、それらの師をたずねて奥深き往生浄土の教えを求めるがよい。だが、この親鸞は、ただ、よき人法然様よりお聞かせいただいたままに、阿弥陀如来のご本願にまかせてお救いにあずかるのだと信じてお念仏を申すばかりである。その他に、この親鸞には何もない。」

 こう決然と言い放ったお師匠様のご様子は、関東のお同行に言って聞かせるというようなものではなく、何か遠い昔に思いを馳せて、よき人法然様に出遇われた当時の感慨に耽り、まことにそうであった、そうであったとご自身に言い聞かせているようなご様子でございました。

 

第8話 「その夜の親鸞」⑤ (2018.6.11.更新)

 飢饉が長引くにつれて、下々の者ばかりか、ずいぶん身分のあるお方までが、身ぐるみ剝れた哀れな姿で、夜な夜な人目を盗むようにしては、加茂の河原に捨てられたようでございました。もうこの頃では、野犬も腹を満たしたのか、新しい人肉にも目もくれなくなったのでございます。それほど都には屍体が溢れかえっていたのでございました。関東のお同行の一行がお聖人様を訪ねて、はるばるこの都においでになったのは、このような都の惨状がようやく少し落ち着いてきた頃のことでございました。

 狭い庵の中で、静かに語るお師匠様の言葉を皆が一心に耳を傾けておりました。私も関東のお同行の方たちに混じってお師匠様のお言葉を一言も漏らすまいと、耳をそばだてて聴いておりました。

 私はこれまでもう二十年以上もの間お師匠様のおそばにあって、その身の回りのお世話をさせていただいてまいりましたが、この夜に見せたお師匠様の、そのお顔の厳しさ、その言葉の容赦のない厳格な物言いや、響きはどれも初めて目にし、耳にするものでございました。隙間風に踊る紙蝋の灯が、お師匠様のまお顔に揺れて、光の当たらないお顔に深い陰を作っておりましたが、それがまたその時のお師匠様のお心模様を写し出したかのような怪しい、そしてどことなく怖ろしいものを感じさせていたのでございます。

 

 第8話 「その夜の親鸞」➃ (2018.5.16.更新)

 しかもこの飢饉に呼応するように起こった大疫病は、もう誰かれの区別なく猛威を振るいました。河原では、これら疫病で亡くなった死骸を山のように積み上げては、焼いていましたが、もとよりそのような途方もない死骸を焼くような薪を手配することなどとてもできる相談ではございませんでした。結局のところ、目の前から無くなればよいと、皆加茂の川に放り込まれていったのでございます。

 ですが、不思議なもので、最初こそ目を覆い、心で手を合わせて拝んだのですが、それがいつもの景色となってみると、そのように放置された死体の様も、容赦なく焼かれていく屍体の山も、川に遺棄される夥しい屍にも、心は反応しなくなってしまいました。ただ、その都の景色の一部となった光景の中、風向き一つで向きを変えて襲来する腐臭ばかりは、いつまでも慣れることができないものでございました。

 

第8話 「その夜の親鸞」③   (2018.4.13.更新)

 そう、忘れもいたしませぬ、あれは七年前の九月のことでございました。その日は、都は一日中ひどい雨降りで、夜になってからもおさまるどころか、風も強くなって、ひゅーひゅーと女の泣くような風音と共に雨が激しく吹きつけてきていました。隙間風に吹かれて、紙蝋の灯火が絶え間なく踊るように揺れておりました。そのわずかな蝋燭のゆらぐ灯りの中に昨日東国よりお師匠様を訪ねてまいられた関東のご門弟たちが、お師匠様を取り囲むようにして真剣な表情でお師匠様を見つめておりました。

 

 あの年は、まるで地獄図を見るような年でした。前年から続く日照りで、米は取れず、餓えが都を襲ったのです。力のないものから倒れていき、加茂の河原には、つぎからつぎへと死体が運びこまれて、その死臭がまるで呪いのように市中を包み、人々の狂気を誘うようでした。仕舞いには、身分のあるお方がたにもこの餓えは及び、それはそれは哀れなご様子を曝すことになったのでございます。

 

第8話 「その夜の親鸞」② (2018.3.11.更新)

【歎異鈔 第二条 現代語訳】(梯實圓和上 『歎異鈔』本願寺出版)

  あなたがたが、はるばる十余りもの国境をこえて、命がけでわたしを訪ねてこられたのは、ただひとえに極楽浄土に往生する道を問いただしたいという一心からです。けれども、このわたしが念仏の他に浄土に往生する道を知っているとか、またその教えが説かれたものなど知っているだろうかとお考えになっているのなら、それは大変な誤りです。そういうことであれば、奈良や比叡山にもすぐれた学僧たちがいくらでもおいでになりますから、その人たちにお会いになって、浄土往生のかなめを詳しくお尋ねになるとよいのです。

 この親鸞においては、「ただ念仏して、阿弥陀仏に救われ往生させていただくのである」という法然上人のお言葉をいただき、それを信じているだけで、他に何かがあるわけではありません。念仏が本当に浄土に生まれる因なのか、逆に地獄に堕ちる行いなのか、まったくわたしの知るところではありません。たとえ法然上人にだまされて、念仏したために地獄に堕ちたとしても、決して後悔はいたしません。なぜなら、他の行に励むことで仏になれたはずのわたしが、それをしないで念仏したために地獄へ堕ちたというのなら、だまされたという後悔もあるでしょうが、どのような行も満足に修めることのできない私には、どうしても地獄以外に住家はないからです。阿弥陀仏の本願が真実であるなら、それを説き示してくださった釈尊の教えがいつわりであるはずはありません。善導大師の解釈が真実であるなら、それによって念仏往生の道を明らかにしてくださった法然上人のお言葉がどうして嘘いつわりでありましょうか。法然上人のお言葉が真実であるなら、この親鸞が申すこともまた無意味なことではないといえるのではないでしょうか。

 つきつめていえば、愚かな私の信心はこの通りです。この上は、念仏して往生させていただくと信じようとも、念仏を捨てようとも、それぞれのお考えしだいです。このように聖人は仰せになりました。

 

第8話 「その夜の親鸞」① 小説 (2018.2.23.更新)

【歎異鈔 第二条 原文】

 おのおの十余箇国のさかひをこえて、身命をかへりみずして、たづねきたらしめたまふ御こころざし、ひとへに往生極楽の道を問ひきかんがためなり。しかるに念仏よりほかに往生のみちをも存知し、また法文等をもしりたるらんと、こころにくくおぼしめしておはしましてはんべらんは、おほきなるあやまりなり。もししからば、南都北嶺にもゆゆしき学生たちおほく座せられて候ふなれば、かのひとにもあひたてまつりて、往生の要よくよくきかるべきなり。親鸞におきては、ただ念仏して弥陀にたすけられまゐらすべしと、よひひとの仰せをかぶりて信ずるほかに別の子細なきなり。念仏は、まことに浄土に生まるるたねにてやはんべらん、また地獄におつべき業にてやはんべるらん。総じてもって存知せざるなり。たとひ法然聖人にすかされまゐらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからず候ふ。そのゆゑは、自余の行もはげみて仏に成るべかりける身が、念仏申して地獄におちて候はばこそ、すかされたてまつりていう後悔も候はめ。いづれの行もおよびがたき身なれば、とても地獄は一定すみかぞかし。弥陀の本願まことにおはしまさば、釈尊の説教虚言なるべからず。仏説まことにおはしまさば、善導の御釋虚言したまふべからず。善導の御釋まことならば、法然の仰せそらごとならんや。法然の仰せのまことならば、親鸞が申すむね、またもってむなしかるべからず候ふか。詮ずるところ、愚身の信心におきてはかくのごとし。このうへは、念仏をとりて信じたてまつらんとも、またすてんとも、面々の御はからひなりと云々。

 

第7話 「少女」➃ 随筆 (2018.1.17.更新)

 そうして、このような美しい女性の年齢が刻まれていく上で、絶対に欠かすことのできない時期が、前述した思春期の潔癖な少女らしい美しさなのだと私は信じている。それが失われると、その後に続く女性の美しさは、正常な美として発現できない。思春期の、蕾のように固い精神と肉体に凝集する時間があって初めて女性の美しさは、その後の人生の体験を糧として順々にそのステージに応じた美しさを健全に開花させることができるのだと思う。この時期を失っても、もちろん相応の美は現れる。だが、そこには、きちんと道を歩んできた女性だけが持つ落ち着いた慎みのある、まがいのない美しさは現れない。もどきという美しさに終わってしまう。

 その意味で、現代の女性がそのような美しさを喪失しつつあるように見えることが、私には気がかりでならない。(完)

 

第7話 「少女」③ 随筆 (2017.12.26.更新)

 ところで、女性には、その成長の過程で(人生の段階)で、いくつかの美しさの段階があると私は感じている。その第一期は、なんと言っても、幼女の頃の愛らしさ、それは天使のような清らかな無垢の美しさの時期である。第二期は、先に述べた思春期の頃の、その年齢で言えば、中学生から高校生くらいの頃の、内からこぼれだすような瑞々しい、しかし、どこかに恥じらいを含んだ、リリックな美しさ。それは、やがてふくよかに咲き誇る花の、まだ堅い蕾のような美しさ。ぴんと気が張り詰めたように澄んだ眼差しの頃。そして、第三期は、異性の愛を知った時。これまでの固い蕾の美しさが、一皮も二皮も剥けたように、それは柔らかく、質的に変化した、女性らしい潤いのある美しさが出現する。まさにさなぎから蝶に変身するような大きな変化を遂げる時期である。第四期は、子供を出産して、母親となった時。細かく言えば、そこにもいろいろの段階があるのだけれど、ここでは大まかに言って、未婚から既婚者になり母性に目覚めた時に出現する美しさである。慈しみに溢れ、包み込むような包容力と、子を持った母親の心の強さ、生活力というものが女性美を根本的に変えていく時期である。最後の第五期は、老齢期に入った時の、最後の完成された美。(いや、完成されたというのは、正確でない気がする。それぞれのステージが皆その時、その時の完成された美しさなのだろう。未完の美が完成するのではなくて、美が時間軸にしたがって質的な変化を遂げていくというのが本当なのだろう。)ほとんど宗教的な無我や無心の幼女に帰ったような美しさで、時にそれはあたかも慈悲深き観音菩薩のようでもある。女性という性を借りて、人間の完成を見る段階のようにも思う。

 

第7話 「少女」② 随筆 (2017.11.16.更新)

 外に現れるものは、すべて内にあるものが出るのだから、そのあるべきものが無くなったというのは、つまるところ内なる精神の世界そのものが変容したか、喪失されたか、ということかもしれない。精神世界の変容または喪失が、外側の容姿や全体の雰囲気に自ずと現れてきて、かつてはどこにでもいた少女の姿が見られなくなったということなのだろう。

 ならば、その変容もしくは喪失されたものとは、どのようなものなのか。正直なところ私にもよくわからない。だが言ってみれば、それは青年らしい理想や正義感、ある種のストイックな潔癖性、そうして総じて言えば、真・善・美を無条件に志向する純粋さであろうか。あるいは、さらにその根底にあるべきはずの無限なるものへの敬虔さ、祈りの心に通じた宗教感情とでもいったものなのかもしれない。

    しかし、そうは言っても、もちろん今の女の子には、今の子なりの、たくさんの美点があることは、私も充分に認めている。いわく、現実的なものの見方、健康的で丈夫な身体、屈託のない陽気で明るい性格、物おじしないたくましさ、そうして総じて皆かわいらしくなったことなど。けれども、内面的な精神の個性が失われたせいか、私などにはどの子もみんな同じように見えてしまう。着せ替え人形を見るようで、個としての存在感が希薄なのだ。(続く)

 

第7話 「少女」① 随筆 (2017.10.16.更新)

 まだあげ初めし前髪の

 林檎のもとに見えしとき

 前にさしたる花櫛の

 花ある君と思ひけり(島崎藤村「初恋」より)

 二十六歳の藤村が心ときめかせて詠んだこんな乙女は、今ではもういないのだろうか。

 この詩が、『文学界』十月号に載せられたのが、1896年、明治29年のことだというから、もう100年以上も前のことになる。いなくて当然。それだけの時が流れたのだ。

 だが、内にはにかみを含んだ清純な少女は、少し前までは、どこにでもいたのではないか。思春期のある瞬間にしか出現しない、固い蕾のようなリリックな少女。そんな少女たちは、どこへ行ってしまったのだろう。

 通学のために最寄りのJRの駅に高校生の娘を送り迎えするようになって、私は娘と同世代の若い女の子たちを見るちことが多くなった。そして前述の感想を抱くに至った。恥じらいを内に秘めた繊細な少女を見ることが少ない気がする。それこそが、その時代にしかない蕾のような瑞々しい美しさの源泉であると思うのだが、今は何もかにも明け透けで、包み隠すとか、奥ゆかしい、慎み深さとか、そういう美しさがすっかり失われてしまった。(もちろん、それは今の少女たちの責任ではない。そもそも日本人の美意識、価値観そのものが変わったのだろう。)

 

第6話 「ボタン」⑲ 最終回 (2017.9.19.更新)

 圭一は、恵子の話を聞きながら、竹内との例の一件を話すべきかどうか迷った。が、それは一切話すまいと決めた。

「誰かが拾って、この海に投げたのかしら……まさかね…、それが竹内君だったりしてね……」

「……」

 圭一は、恵子の言葉をはっとして聞いたが、たしかに転倒したはずみにボタンがとれたのなら、その場に居合わせた竹内が拾ったのかもしれないくらいの想像はできただろう。まして好意をよせてストーカーまがいに追いかけてきた竹内が、恵子の身に着けたブレザーのボタンだったら、見落とすはずはないくらいのことは容易に想像できたかもしれない。

「ねえ、圭一君、これ海に抛って、私は、海に向かってそれは抛うれず、浪に向かってそれは抛れず、だわ。」

 正面に向き直って恵子が掌にボタンを乗せて、圭一の目の前に突き出して言った。月の光に青白く輝くボタンをしばらく見つめた後、圭一はそれを摘まんで自分の掌に乗せて、ズボンのポケットに入れた。

「俺がもらっておくよ。だって、これ恵子のかもしれないしな。…」

「えっ……」

 いたずらっぽく微笑んで自分を見つめる圭一を、恵子はびっくりしたように見つめ返した。圭一から、恵子と呼ばれたのは、小学校以来だったから。(終)

 

第6話 「ボタン」⑱ (2017.8.17.更新)

「ねぇ、圭一君、高校の時の、竹内君のこと覚えている……」

「えっ…」

「ほら、卒業前に急に転校してしまって、その後亡くなったっていう竹内君よ。」

「ああ、覚えているよ。」

 覚えているどころか、忘れることのできない思い出を残していった奴だ。だが、恵子にはどこまで言っていいものか……忙しく心の中で思案しながら、上の空の返事を圭一は返した。

「竹内君って、ちょっと変わっていたわね。私、一度怖い思いにをしたことがあるの。それまで何度かラブレターみたいなものはもらっていたんだけど、ほとんど無視していたの、どこまでが本気なのかわからないような調子の手紙だったので、からかわれているのかとも思ったの。そうしたらある時に、どんなつもりか駅で、ストーカーみたいなことされて、あの時は正直怖ろしかったわ。その時、私は大勢の人のいる駅の改札を出たところで転倒してしまって、鞄の物がその辺に散乱したりして、頭が真っ白になってしまって、竹内君が近寄ってくるのを大きな声で遮ったの、とにかくあの時は彼に私の持ち物を触ってほしくなかったのよね。それで、そそくさと片付け終えると私はもう、恥ずかしさと恐ろしさで、その場に一時もいたくなくて、家まで駆けだしたのよ。そして、家に帰って着替えをしたときに、制服のボタンがひとつないことに気が付いたの。学校を出る時までは、確かにボタンはあったので、あの時、転倒した弾みでボタンがちぎれたのだと思ったわ。代えのボタンがあったから、すぐにつけたのだけど、あの時のボタンは、どうしたかしらって、今、このボタンをに手に取って思いだしたわ。」

「………」

 

第6話 「ボタン」⑰ (2017.7.20.更新)

 圭一も気が付いたが、恵子はとっさに身を屈めて、その一瞬のきらめきの正体を見失うまいとその場にうずくまって、蒼い月の光の中で、砂を注意深くかいた。

「あっ、ボタン。…ボタンだわ…」

「えっ…」 

 月夜の浜辺の詩を口ずさんで、その直後にボタンを拾うなんて、あまりに偶然が過ぎているように思えた。

 手のひらの上で、ボタンについていた砂を払うようにしていた恵子が、月の明かりの中にはっきりとその形を現したボタンを見て、はっとしたのがわかった。

「……」

 絶句している恵子の様子を見て、掌のボタンを圭一も見た。それは今春卒業した高校の学生服のボタンだった。しかも、女子のブレザーのボタンだった。

「……」

 しばらく二人は言葉を失ったように無言でその場に立ち尽くした。

「どうしてこんなところに制服のボタンがあったのかしら…」

 恵子がかつて竹内に追いかけられて駅のホームで転倒し、後でブレザーの上から二番目のボタンが無くなっているのに気づいた、あの遠い過去の記憶をたどっていた。

 圭一は、これは恵子のボタンなんだと、喫茶店で誇らしげに掌で、弄ぶようにして見せた、竹内のいやらしいゆがんだ表情を思い出していた。まさか、その時のボタンではあるまいが、と内心にいぶかしく思いながら、恵子の掌にぼつねんと乗せられて、月の光に蒼く輝いているボタンを見つめていた。

 

第6話 「ボタン」⑯ (2017.6.17.更新)

 「でも、私もこの詩好きなんだ。どうして好きなのかよくわからないのだけれど、なんかとても暗い海とこうこうと輝く月がイメージされるのよね、それがすごく心の深いところまで沁みてくるように感じるの。……今日初めて月夜の浜辺を歩いたわ……詩で想像していたよりもずっとずっと重くて怖い感じだわ。私、もっとさらさらした感じの海を想像していたの…。でも夜の海はただきれいだけじゃないのね。こんなに打ち寄せる波の音が大きいものだなんて考えていなかった、それに月の光も鋭くて、なんか清められるというより、見抜かれるような感じだわ。ねぇ、圭一君は、どう。」

 圭一君、恵子に圭一と名前で呼ばれたのは、小学校以来だった。圭一も小学校までは、恵子と名前を呼んでいた。だが、中学校に上がってからは、幼なじみの関係は秘密となって、互いに申し合わせるようにいつの間にか姓で呼ぶようになっていた。

「………」

 想像の中で、海の音や、月の光を考える前に、圭一は先に現実の海と月の夜を実感していたので、感じと実際の違いが、こうだというべき考えが何もなかった。

 「あまり考えたことなかったな。…ただ、海は、夜と昼の顔は違うし、月も海岸で見る月と、家から眺める月では、ずいぶん表情が違うなと、感じたことはあるよ。」

 「そうよね……本当、全然違うわ…」

 そういって、二人はしばらく沈黙して、波打ち際を並んで歩いた。その時、ほんの一瞬だが、星がまたたくように波に洗われた暗い浜辺の砂が光った。

 

第6話 「ボタン」⑮ (2017.5.16.更新)

「月夜の晩に、ボタンが一つ 波打ち際に、落ちてゐた。」

「荻原君、それ、中原中也、月夜の浜辺の詩…それを拾って、役立てようと僕は思ったわけでもないが…」

 圭一はそれにそれに続けて口ずさんだ。

「なぜだかそれを捨てるに忍びず、僕はそれを、袂に入れた。」

「月夜の晩に、ボタンが一つ 波打ち際に、落ちてゐた…」

「それを拾って、役立てようと 僕は思っわけでもないが…」

「月に向かってそれは抛れず 波に向かってそれは抛れず 僕はそれを袂に入れた。」

「月夜の晩に、拾ったボタンは、指先に沁み、心に沁みた。」

「月夜の晩に、拾ったボタンは、どうしてそれが、捨てられようか?」

 一行ずつ交互に言い合って、最後の一行は、自然と二人で一緒に声を合わせて終えた。

「へえー、意外ね。荻原君が中原中也を口ずさむなんて、バスケットに夢中で、てっきり体育会系のヒトだとばかり思っていたのに…」

「ああ、暗唱している詩は、この詩だけだよ。自分にはおよそそんな趣味はないんだ…ただ昔からよく海岸を散歩していて、こんなふうに夜の海岸にもたびたび来たりしていたから、たまたま中学の教科書でこの詩を読んだとき、なんか自然に口ずさんで覚えてしまったのさ。そしてこうして夜の浜辺を歩くたんびに口にしているものだから、すっかり心に刻み込まれてしまったという感じかな…」

「ふぅーん…」

 恵子はいかにも意外だといわんばかりの返事をした。

 

第6話 「ボタン」⑭ (2017.4.16.更新)

 元気そうだったのだから、そう電話口でいいながらも、どこか圭一は、かつて高校生の時の、物静かな恵子とは、様子が違うような感じを受けた。そもそもあの高橋の方から、俺のところへ電話をかけて寄越すなんて、ひょっとして東京で何かあったのだろうか。そんなことを思いながら、圭一は努めて恵子の明るい調子に合わせようと快活を装って話をした。

「荻原君、今日、暇…。ちょっと会えないかしら…。なんだか久しぶりに帰省したら、荻原君のことがすごく思いだされて…迷惑かしら」

「…迷惑って、そんなことあるわけないじゃないか。まさか高橋さんから電話がかかってくるなんて…もとろん大丈夫だよ。何時にしようか。」

「そうね、荻原君にまかせるわ…。」

「そうしたら、高橋さん海を見に行かないか。僕も最近ずっと行っていないのだけど、もし嫌でなかったら、夜の海を見に行かないか。夜八時に、北駅のローソンの前で待ち合わせというのはどう…」

 ほんの思い付きで圭一はそう言ったのだが、口にした後に、ずいぶん大胆なことを言ったことに気づいた。

 戸惑いを伝えるような、沈黙の間があった。
「いいわ、私、まだ夜の海って行ったことないの。海岸まで歩いて行こうか。わかったわ。北駅のローソンの前で八時ね。それじゃ、また後で…荻原君ありがとう。」

 自分でもとんでもないことを言ったものだと、内心に自身の大胆な提案に驚いていたのに、まさかそのとんでもない申し出を恵子は承知し、誰もいない夜の海のデートに来てくれるという。

「東京で、恵子に何かあったのだろうか…」ふと、口に出してそうつぶやいた。

 

第6話 「ボタン」 ⑬ (2017.3.5.更新)

「圭一、電話よ。高橋さんって、女の人からよ…。高橋さんて…あの、恵ちゃんかね…。」

 めったにかかってくることのない女性からの電話で、高橋と聞いて、母はひょっとしてと、自分の推測を入れて、圭一に知らせた。

 だが、当の圭一には、恵子からの電話など、考えられないことで、てんで本気にすることもなかった。

「はい荻原ですが…」

  相手の出方を探るように、おずおずと圭一は名乗った。

「高橋です。高橋恵子です。突然電話してごめんなさい。久しぶりに帰省したら、なんだか荻原君に会いたくなっちゃって、ちょっと恥ずかしかったんだけど、電話しちゃいました。迷惑じゃなかった。」

「……」

 電話口で久しぶりに聞く恵子の声に、胸の切なくなるのを感じた。

 圭一にとっては、あまりに突然のことで、すぐに言葉がでなかった。

「荻原君、聞いている…」

 圭一の沈黙が長かったのか、圭一にはほんの数秒の沈黙にしか思われなかったのだが、恵子は顔の見えない電話口に、本当に圭一がいるのかと、恐る恐る尋ねてきた。

「…ああ、聞こえているよ。…高橋さんから、電話なんて、あんまりびっくりして、…ちゃんと聞こえているよ。元気だった…」

「ああ、その声は、確かに荻原君だ。懐かしい。卒業式以来ね。荻原君の声聞くのは…」

「元気そうだね…高橋さん…」

 

第6話 「ボタン」 ⑫ (2017.2.13.更新)

 だが、圭一は突然の転校の意味を掴みかねていた。

「あいつ、もう明日から学校に行くことはないとわかっていて、しかも恵子にも、もう会わないと承知していて、あんなことしたんだ。なぜわざわざ辞書の策まで弄して、俺を夜分に連れ出して、恵子に手を出すななどと脅かすようなことを言ったんだろう。そんなことをする必要がどこにあったのか。ただ、勝ち誇ったように、恵子のボタンを持っていることを、多少なりとも恵子に関係すると思った俺の前で、自慢したかったのか。それとも、やつにとっても転校は、突然の家庭の事情で、あの時点では、竹内自身もまさかその翌日から学校に行かなくなるなどと思ってもみない、そんな状況だったのだろうか。それにしても、今頃竹内のやつどうしているのだろう。あの時のように恵子のボタンを掌に置いて眺めてにやにやといやらしい含み笑いをしているのだろうか。」

 だが、そんなことを圭一が考えたのも、その時だけのことだった。竹内が忽然と姿を消した頃から、徐々に三年の圭一たちのクラスも受験モードにギアが入っていった。

 年が明けて、卒業の時が来た。クラスの半分以上は進学組だったが、半分は就職した。圭一は地元の国立大学を受けたが、発表は卒業の後だったので、その時点では圭一の進路は未定のままであった。恵子は東京の私立大学に合格が決まっていた。

 そして後日に圭一も地元の大学の進学が決まり、学友の多くが卒業と同時に新たな人生の道を歩み始めた。

 

第6話 「ボタン」 ⑪ (2017.1.20.更新)

 翌日竹内は学校に来なかった。いつもなら、別段気にも止めない級友の欠席だったが、この日は昨晩のことがあったので、あいつどんな顔で来るのかと、圭一の胸には、まだおさまりのつかない憤りが残っていた。その憤懣をぶつける相手の欠席は、どこか拍子抜けの感じを圭一に与えた。

「なんだ、あいつ。欠席って、さんざん昨晩は言いたいことほざいたくせして…、あいつ、ほとぼりをさまそうとでもいうんだろうか」

 回りくどい辞書の仕掛けに懲りて、ここでも何か竹内の策略があるのか、圭一はその意図を付度した。

 翌日も竹内は欠席した。そしてその日のホームルームの時間に担任から、竹内が家の事情で急に転居して、学校を転校したことが報告された。

 あまりの唐突さに、一瞬クラスメイトも、どよめいたものの、もう次の瞬間には、別段竹内の退学が、明日からの自分たちのクラスのありかたに何の影響も与えないことが、すぐに皆にわかって、波がなぐように、下校時間の頃には、竹内がいなくなったことは、当たり前のように受け入れられた。

 

第6話 「ボタン」 ⑩ (2016.12.2.更新)

 竹内の話を聞きながら、その時の高橋の恐ろしさと恥ずかしさ、惨めさを思った。内心からふつふつと怒りに似た気持ちが湧き上がってきて、にやけた竹内の横面を思い切り殴りつけてやりたい衝動にかられた。

「俺はも帰るよ。おまえのくだらない戯言を聞く義務なんかないからな。…おまえ、少し頭がどうかしてるんじゃないか。」

 そう言い捨てて立ち上がろうとした時、エミちゃんが注文したコーヒーを運んできた。

「あら、もう帰るの…」

「……」

「とにかく、荻原は、もう余計なちょっかいはするなよ。いいな、わかったな。」

 おっかぶせるようにいう竹内の言葉を背中で聞きながら、圭一は心底怒りを感じた。

 後ろで、くすくす笑う女の子の声が聞こえた。

 店を出て見ると風が強くなっていた。圭一は、店にいて染みついた竹内の臭気が風に吹き払われるようで、かえって清々した。

 

第6話 「ボタン」 ⑨ (2016.11.8.更新)

 そして、その時に鞄の中のノートやら教科書や筆箱なんかが、あたり一面に散乱してさ、まだ時間が早かったから駅構内の人は多くなかったけど、それでも周りの人が何事かと立ち止まってさ、俺も最初は少し遠巻きに見ていたんだけど、やっぱりクラスメイトなんだからさ、その見物人の輪の中から出ていってさ、片付けを手助けしてやろうとしたのさ、そしたら、恵子のやつ、涙目のままに俺を睨みつけてさ、「触らないで」って、大きな声で俺に言いやがってさ、俺は聞こえないふりして、鞄に物を戻してやろうとして、ノートを拾ってやろうとしたら、ヒステリーな声で、触らないでというのさ、さすがに俺も周囲に聞こえる大きな声で、二度までもそう言われたんだからさ、ふんと言って、今度はこっちが睨みつけてやったんだよ。そしたら、あいつ、すっと目をそらして、さっさと鞄やなにかを片付けて、立ち上がるとひとつも振り向かないままに、駅のホームを走っていったのさ、だがな、その後に恵子の倒れていたところに行ってみたら、このボタンが落ちていたってわけさ。これ、制服の上着のボタンだぜ。あいつ、きっと家に帰ってボタンがないことに気づいたと思うんだれど、もう後の祭りさ、俺が手に入れたんだからな。もう俺のものさ。だから恵子ももう俺のものなんだ。おまえが横からのこのことでしゃばるような権利はないってことさ。」

 

第6話 「ボタン」 ⑧ (2016.10.17.更新)

「どうして手に入れたと思う。この間の試験前日の短縮授業の時さ、俺は恵子にちょっと試験のことで聞きたいことがあって、あいつの後をそれとなくつけて歩いたのさ。学校で聞いてもよかったんだけど、なんか教室だと、みんなの目みあるし、あいつ俺を避けていたような感じだったからさ、それでずっと帰り道を後をつけて歩いていったのさ。そうしたら、駅の階段をのぼるところで、恵子の奴、俺に気づいてさ。だから、俺もちょっと速度を早めて追いつくようにしたのさ、そうしたらあいつ、駆け出すようにして改札に向かって、それで俺も仕方ないから走り出したよ。別に何もしやしないのに、あんなに血相変えて、改札めざして走っていってさ、その時さ、なにかにすべってまさに絵に描いたようにすってんころりんしたんだ。あんまり見事にひっくり返ったもんだから、俺は思わずにやりとしたよ、なぜって、おまえ、その時、はっきりと恵子の下着まで見ちゃったんだからな。まるでスローモーションビデオでも見るように、跳ね上がった制服のスカートが静かに落ちてきたのが、今でも目に焼き付いているよ。」

第6話 「ボタン」 ⑦ (2016.10.7.更新)

「おまえ、頭がどうかしているんじゃないか。俺がどうしようと、俺の勝手だ、何を偉そうに言っているんだ。だいたい高橋のボタンをどこで手に入れたか知らないが、そんなボタンひとつ持っているからといって、それが何だというんだ。もし、本当に高橋のだというのだったら、さっさと返してやれ…。」

 圭一は、こらえ切れない怒りが噴出すように、竹内に言葉を返した。だが、竹内の反応は圭一がどれほどと怒ろうと、まるで意にかえさないといった感じで、最初から圭一のそのような反応がわかっているからなのか、それとも鈍感な悪意からなのか、暖簾に力こぶを突き立てて殴りかけたような塩梅で、なんの衝撃も与えることができなかった。むしろ、こちらが力めば力むほど、竹内の慶びが増すかのごとくにも見えた。

 「これな」といって、掌のボタンを摘み上げて、圭一の前に誇るように見せびらかすようにして、竹内は話し始めた。

 

第6話 「ボタン」 ⑥ (2016.9.16.更新)

 「おまえ、何を勝手なこと言ってんだ。だいたいおれが高橋のことをどう思おうとおまえになんの関係がある。それにそんなことで俺がおまえに指図されるいわれなんて全くない。くだらんことを言うな。だいたい高橋がなんでおまえのものなんだ、高橋は高橋だろうがおまえ少しあ頭が、どうかしているんじゃないか。どこでそのボタンを手に入れたか知らないが、そんなボタン一つ手に入れたくらいで、高橋がなんでおまえのものになる。ばかもいい加減にしろ。」

 思わず強い調子で、圭一は竹内の嫌らしい目をしっかりと見て、一気にまくしたてた。竹内は、それ見たことか、むきになったな、思った通りだ、と内心でほくそ笑むように落ち着いて言った。

「まぁ、荻原よ、そうむきになるなよ。だが、図星だったんだろう。わかっていたんだ、おまえが、恵子に気があることは、おまえが時折恵子を見る眼差しや、恵子と話しているときに、少し上気したようにぽーっとしているおまえの態度を、俺が気づかないとでも思っているのか。もういい、おまえが本気でないのなら、とにかくもう邪魔はしないでくれ、それにとにかく俺にはこの恵子のボタンがあるのだから、もう恵子は俺のものだ。」

 勝ち誇ったように決めつけてくる竹内の話ぶりに圭一は、一種の狂気に近いものを感じた。

 

 第6話 「ボタン」 ⑤ (2016.8.27.更新)

 竹内のつまんだボタンには、見覚えがあった。通っている高校の、女子の制服のボタンだった。

「恵子の制服のボタンだよ…」

 勝ち誇ったようなにやけた顔を向けて、竹内はそう言った。

 「……」

 圭一には、すぐにそれが高橋のことを言っているのだとわかった。

「荻原、おまえ、恵子のこと好きだろう。だがな、はっきり言っておくが、恵子は俺のものだ。誰にも渡さない。おまえ、中途半端に恵子が好きなんだったら、もう金輪際そんな気持ちは捨ててくれ。いいか、恵子は俺のものなんだからな。」

「……」

 こいつ、高橋から手を引けと言いたくて、わざわざこんな時間に俺を呼びだしたのか、まだ、はっきりと竹内の意図を量りかねて、圭一は、どう返事をするか留保するようにして無言を保った。

「俺には、ちゃんとわかっているんだ。お前が恵子のことを好きだってことが。それに恵子のほうもちょっとばかりおまえに気があるようにも感じる。なんでも聞いたら、お前たち幼なじみだったんだってな、だがん、そんなこと関係ない、どっちにしたって、恵子は俺のものなんだから、お前はさっさと手を引いて、余計な色気は出さないことだ。俺はもうこうして恵子のボタンを持っているんだからな。」

 竹内は、いかにも優越したように掌のボタンを指の先でもてあそぶと、いやらしく顔をゆがめて、圭一をねめつけるように見た。

 

第6話  「ボタン」 ➃ (2016.8.13.更新)

 圭一は、それで合点がいった。この人付き合いの悪い、無口な竹内に行きつけの店があったり、軽口を言い合えるような若い女の子がいるのが、信じられない思いでいたのだ。

 竹内は細長い店内の一番奥の四人掛けのボックス席に、入口に背を向けるようにして腰を下ろした。勢い圭一が、正面を向くように竹内の前の席に座ることになった。

 目が慣れてみると、二十人位入れる店に七、八人入っていた。

「ひー坊は何にする?いつものでいい?…お友達は何にする?」

「エミちゃん、僕はいつものモカのブラック、荻原は…ブレンドでいいか?」

 慣れた様子で、いくぶん余裕のあるところにを圭一に誇示するように、竹内は訊いてきた。

「ああ、それでいい。」

 しばらく、二人は無言でいたが、しばらくして、竹内が腰をソファからずらすようにして身をよじって左のズボンのポケットに手を突っ込み、なにやら握りしめて圭一の前に差しだした。

「……」

 不可解な顔をして見ている圭一の目の前で掌を開くと、右手の指で大切なものをに摘まむようにして、圭一に示した。

「ボタンだよ…」

 

第6話 「ボタン」 ③(2016.7.30.更新)

 ほとんど飲み屋街というような駅前の路地のちょうど真ん中あたり、両方をカラオケスナックにはさまれて、地味な木のドアの店があった。金文字の英語でフレンズとあった。そしてその下に喫茶と書かれていた。竹内はそのドアを馴れた動作で内側に押し開いた。

 薄暗い店内に、眼が慣れてみると、店は外の様子に反して、鰻の寝床のように縦に長く、奥行きがあった。しわがれた外人の太い歌声が静かに店内に流れていた。

「あら、どうしたの、こんな時間に、ひー坊珍しいじゃん。」

 お盆に水を載せて運んできた茶髪の若い女の子が、ひどく慣れ慣れしい調子で竹内に声をかけてきた。ひー坊は、竹内の名前の斉(ひとし)からの呼び名らしかった。

「うん、ちょっとね。

「ひー坊が友達を連れてくるなんて…学校のお友達?」

「ああ、…まあ…ね」

 竹内はそのウエイトレスにあれこれと訊かれるのが面倒臭そうだった。そうして、圭一の方に顔を向けると、

「従妹なんだ。ここは、叔母さんの店でさ。…心配はいらない。」

 そう言って、ちょっとばつの悪そうな顔を見せた。

 

 

第6話 「ボタン」 ② (2016.7.10.更新)

 「圭一、学校のお友達よ。」

 母の声に驚いて、ベッドを飛び起きた。時計はもう十一時が近かった。こんな時間に訪ねてくる級友を思いつかなかった。玄関に降りて俯いて立っている竹内を見た時、それ全く意表外の来訪者だった。

「なんだ、竹内か、いったいどうした。こんな時間に…。」

「いや、萩原、これを返しに来たんだ。」

 竹内はそう言うと、下げていた布製の手提げから、英語辞書を取り出して、圭一に差し出した。

 「…なんだわざわざそれを返しに来てくれたのか。…明日でもよかったのに、すまなかったな。まぁ、とにかくちょっと、ちょっと上がれよ。」

 英語の時間を終えた後で、何か調べたいことがあるからと、わざわざ圭一のところへ借りに来たのだった。

「体、冷えただろう。ちょっと温かいものでも飲んでいけよ。」

「いゃ、それはいい。それよりか、萩原、すまないが、少し付き合ってくれないか。」

「……」

「ちょっとおまえに話したいことがあるんだ。」

 竹内から親しく話を聞くような、そんな友情をこれまで圭一は育んでこなかった。しかし、わざわざこんな時間に辞書を返しに来たというのも、要は何か話があるからだったのだろう。ひょっとして、昼間の辞書の一件は、この時のための周到な用意だったのだろうか。しかし、そこまで手の込んだ演出をして、竹内が自分に話たいことがある、その話について、圭一は全く予想がつかなかった。

「…俺の部屋で聞くのじゃ、いけないか。」

「……」

 

 

第6話 「ボタン」① (2016.6.14.更新)

 夜の海は昼に見せる顔とはまったく違っていた。昼の顔が愛想のいい表の顔なら、夜の顔は人の心の邪悪な本心を思わせた。そこには、不気味で得たいの知れない恐ろしさがあった。ごうごうと打ち寄せる波音は、心の葛藤の激しいうめきのようにも聞こえた。

 波は、怨念を晴らすように、砂浜に白銀の爪痕を執拗につけていっては、無理矢理に連れ戻されて泣く女のようにしゅるしゅると暗い海に飲み込まれては消えていった。

 海岸線から少し離れたバイパスの道路を、彗星の尾のようにライトを引きずりながら車が走り去っていく。

 隣を歩く恵子の腕が時々触れた。その温もりに、圭一の心臓はびくっとした。それを気づかれやしないかと、圭一はひそかに案じた。

 時間は十時を回っている。蒼白い月の光が夢幻の世界に二人をいざなったかのようであった。

 

第5話 「残 柿」 ⑯ (2016.5.11.更新)

 将来を思えば、そこに決して遠くまで見通せる明るい展望があるのではないことはわかっている。自身の老い、妻の老い、一人で渡っていくという娘の将来、そして罪なくして重い人生の荷を担わされた幼い孫の行末、どれひとつとして、思えばため息のでないものはなかった。だが、逃げることもできないし、誰にも代わってもらうこともできない。皆がそれぞれの荷を担って歩むしかないのだ。

 自分の担える荷は限りがある。先々の心配に心を執られて、今の幸せを見失うような愚はすまい。つまるところこの人生も、この世の一切のことも、なるようにしかならない。しかし、また考えようによれば、なるようにはなっていくのだ。大きなその流れに身を任せて生きていくよりほかにいったいどんな思案がつくというのか。

「これでよい、これでよいのだ。」

 思うようにはならないでも、なるようにはなったところが、自分の唯一の座り、人生の居場所と心得てこの一日を生きていく。それよりほかにどんな人生があるというのだろう。

 宗一は心の中の問答に決着をつけるように、そうつぶやいた。

 

 遠く、五番町大津、蓮生寺の大鐘が鳴った。悠然たる鐘の響きがぐっと夕霧を引き寄せた。

 柿は、相変わらず高い枝に、漆黒のシルエットとなって残っている。

                              完

 

 

第5話 「残 柿」 ⑮ (2016.4.16.更新)

  裕一には何の罪もない。それでもひとたび自分の身の上に起こったことならば、こんなに幼い裕一が自分ひとりで背負っていかなくてはならない。その人生の容赦のない過酷さを思うと、いよいよ孫の無邪気さが不憫に思われてならなかった。

「裕ちゃん、さあ、おばあちゃんといっしょに、ママのところへ行こうか。」

 妻は、娘の鼻歌が聞こえる台所へ、孫の手を引いて座を立った。

 急に日が陰ったように、縁側は薄暗くなったが、その分西の空の茜色は鮮やかさを増していた。

 台風の目のような裕一が台所に移動して、明るい陽気さが去ってしまうと、宗一がひとりぽつりと残された。それはまるで高い枝にひっそりとたった一つ取り残された柿のようだった。

 小さなテーブルには、妻が運んできたお茶と羊羹の小皿がそのまま残っていた。

 宗一はもうさめてしまった茶碗をとった。長年使ってきれいに貫乳の入った萩焼の湯飲み茶碗は、何年目かの結婚の記念日に、夫婦がお祝いに贈ってくれたものだった。その若い夫婦の器は割れて、割れて当たり前の作り物の茶碗が残った。

 

第5話 「残 柿」 ⑭ (2016.4.8.更新)

 

「おじいちゃん、何しているの…」

 妻の膝にじゃれるようにして抱き着いた裕一が、顔だけ向けて言った。

 「別に何もしてないよ、おじいちゃんは、あの高い枝にたったひとつ残った柿の実を見ていただけだよ。」

 そういいなが宗一は、孫にそれがわかるように柿を指さした。

 孫は妻の膝から離れて縁側に立つと首を直角に曲げるようにしてその方向に顔を仰向けた。懸命に探すが、それが見つからないようで、しばらくするとじれて、「どこどこ、どこにあるの。」と足を鳴らした。

 妻が孫の手をとって、「あそこよ」と自分の手を導いて示してやると、初めてわかったように「あっ、ほんとうだ、ひとつだけ残っている。」と歓声のような大きな声を上げた。

 柿ひとつ、地団駄を踏み、大喜びをする孫の無邪気な様子を、微笑ましく見つながらも、宗一には、こんな小さなうちから、この子は、片親で育てられていく、大きな人生の試練を背負わされていかなくてはならないことを思った。自分が元気で父親代わりを多少なりとも務めてあげられるうちはいい。たが、やがて自分が死んでいくとき、社会の傘を失った娘とこの幼い孫は、間違いのない幸せな人生を歩むことができるのかと思わずにおられなかった。

 

第5話 「残 柿」 ⑬ (2016.3.21.更新)

 

 結婚は破綻しても、せめて両家の間は、喧嘩別れみたいなことにはしたくないと、妻と二人で挨拶に行こうかと宗一は考えたが、妻は、はっきりと拒絶した。安子が実家に戻って、一度も連れ戻そうと我が家を訪れることをしなかった山根を、妻は心底憎んでいるようだった。

「嫌ですよ。」と吐き捨てるように言った。

 確かに、大の大人二人が自分たちで話合ってでした結論に、老いた親同士が、家族同士の関係を繕ったところでどうなるものでもなかった。今更出る幕でもなかったか。

 どちらも、共に犬に噛まれたと思って、しばらくは心に痛みも残るが、やがて心の傷が癒えたとき、思い出したくない人生の嫌な記憶として、消し難い心の傷になって残っていくのだろう。そういう傷を残したくないからと思ったが、すでに噛まれたものは、もうどうしようもないのだ。思えば、そんな心の傷をこれまでにもたくさん残したきたのではなかったか。

 しばらくは気まずい時間を過ごしたが、安子がパートの仕事を見つけて、毎日決まった時間に出勤し始め、家で姿を見る時間が減り、孫しが新しい保育園に通うようになって、林家の新生活が軌道に乗った。それにつれて、ようやく落ち着いた平穏な日が戻ってきた。

 

第5話 「残 柿」 ⑫ (2016.3.11.更新)

 

 「おまえの人生だから、おまえがよくよく考えて、もうそうするよりほかに自分の人生を前向きにやり直す道がないというのなら、わしは何も言うことはない。おまえも、もう子供ではないのだからな。だが、せっかく縁あって、夫婦となり、かわいい子宝の裕一を授かったんだ、満君ともう一度きちんと話合ってみてから離婚協議をしてもよかろう。その上で、先方もそれよりほかに道がないというのであれば、正式に離婚の手続きを進めたらいい。だが、安子、こんなことおまえには、よくわかっていると思うが、このご時世に女手ひとつで子供を子供を育てるということは、大抵の苦労ではないぞ、お父さんは経済のことだけを言っているのじゃないのだ。もとより、経済の苦労は相当なものだろうが、まだ若いおまえがこれから、女の身ひとつをかこって生きていくのは、よほどの覚悟のいることだぞ、わかっているのか。」

「…お父さん、お願よ、もう何も言わないで。…とにかく最後に一度、あの人に会って、きちんと話だけはしてくるわ。それだれはきちんとするから、心配しないで。」

 それから三カ月して、娘夫婦は正式に離婚した。親権を巡って争うかと思ったが、山根の家は、まるで裕一に関心を示さなかった。いずれ争ったところで勝ち目がないと思ったのか、あるいは安子につながる一切の縁を切りたいと思ったのか、その無関心さは残酷な感じすらした。

 

 

第5話 「残 柿」 ⑪ (2016.2.26.更新)

 娘が実家に戻って来てもう二カ月になっていた。その間、山根の家からは何の連絡もなかった。

 たしかにその点は、妻ばかりではない、宗一にも解せなかった。夫婦だけの問題ではない。山根にとっては、大事な家取りとなる孫の裕一をどうするつもりでいるのか。まだ学校前だから、何とか誤魔化せるものの、来年は小学校にあがる。このままずるずると放置していい問題でないことは、先方にもよくわかっているはずだ。それなのに、うんともすんとも言ってこない山根のやり方にも、意固地なものを感じていた。

「もう、別れるわ。とてもあんな人とやっていけないもの。…お父さんの言いたいことはよくわかっているわ。うやむやにするつもりもないわ。この二カ月あの人の出方も見ていたのだけれど、やっぱり無駄だったわ、あの人は何も決断できないのよ。いつでも母親にうかがいを立てなくては、決められない人なのよ。…正式に離婚の話を進めるようにするわ。それでいいんでしょ、お父さん。」

 もう一切の話し合いに応ずるつもりはない、これで終わりと言わんばかりの娘の決めつけた言いぶりに宗一は、一瞬こらえられない気持ちが起こった。が、しばらく沈黙して冷静になってからこう言った。

 

第5話 「残 柿」 ⑩ (2016.2.21.更新)

「おまえ、どうするつもりだ、このまま山根の家には、帰らないつもりなのか…。」

「……」

「裕一のこともある、満君にも確かに問題はあったかもしれないが、夫婦の間のことだ、お互いに理解し許しあうことをしなかったら、長い一生をわたり通すことなどできないぞ、安子。」

「……」

「どうなんだ、何も言わなかったら、わからないじゃないか。」 

  娘のすねたような無言の態度に、宗一はいささかいらだちを覚えた。

「まぁ、あなた、そう責めるように言ったって、安子には、安子の考えもありましょうから…、ねぇ、安子。」

 見かねたように、妻が脇から口を挟んだ。

「だから、その考えがあるなら、それを聞かせてくれと言っているのだ、このままずるずると婚家を飛び出してきて、時間を過ごせば、問題はいよいよこじれるばかりだ。早く、お互いに話し合いの機会を持つなりして、夫婦間の修復をしなかったら、取返しがつかないことになると言っているのだ。」

 妻はそんなことはわかっている、だがそれでも、娘を迎えに来ようともしない山根の方にこそ、問題があるのだと、母親の本能のごとくに、娘びいきになっていた。

 宗一は、おまえのそういう甘やかしが、安子のわがままな性質を助長したんだと、口に出してとがめたい気持ちをぐっと飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

第5話 「残 柿」 ⑨ (2016.2.12.更新)

  がらがらと威勢のいい音がして、玄関の引き戸が開くと同時に「ただいまぁ…」と元気な声が聞こえた。そしてしばらくすると、廊下を走ってくる裕一のかわいい足音が聞こえてきた。

「おばあちゃん、どこ、…どこにいるの、おばあちゃん…。」

 信子は表情をほころばせると、すぐに腰を浮かせて立ち上がった。

「裕ちゃん、ここよ、おじいちゃんのところよ。」と優しい声をかけて、孫を招いた。

 台所の方からは、安子が夕食の食材を冷蔵庫にしまいこむ音が忙しく聞こえていた。

 娘の安子が嫁ぎ先から、わが家に戻ってもう一年になった。今年の三月には正式に離婚も成立した。

 離婚が正式に決まるまでは、どっちつかずの落ち着かない様子でいたが、はっきりと離婚してしまうと、吹っ切れたようにさばさばとして、娘時代の朗らかな娘に戻っていた。そして五歳になる孫の裕一を連れて帰った。

 一人娘を嫁に出して、老後はひっそりと老親を労るように暮らしていた宗一の家は、にわかに活気づき、幼児のいる家庭らしい明るい笑い声がこだまするようになった。

 それはそれでうれしくもあり、楽しいことではあったのだが、蝋燭の明かりが消える間際に、ひときわ盛んに燃え盛るがことくの予想外の煌めきは、宗一にとって、どこか不自然で幸せな老後と手放しで安堵する気持ちにはなれなかった。

 

 

第5話 「残 柿」 ⑧ (2016.2.6.更新)

「あなた、さっきから変ですよ、ぼんやりして…」

 目の前にいる妻を忘れて自分の心のうちに隠れていたことを、宗一は、信子の言葉で気づかされた。

「いや、何、後藤君のことをちょっと思い出していのだ…。彼は元気そうだったか。」

 内心の思案をきづかれないように、宗一はわざとそんなどうでもいいことを聞いてみた。

「ええ、なにやら会社で昇進したようなことをおっしゃっていたわね。お元気でご活躍のようでしたわ…。ねぇ、あなたそんなことよりこの洋館、さすがに虎屋ね、独特の深みのある甘味だこと…。」

 妻の関心は、先程から、この虎屋の羊羹にあったらしかった。

 余計な心配をするよりも、さっさと一口いただいたらよかったのだ。自分がいつまでも手をつけずにぼんやりしているものだから、妻はおあづけをくった塩梅でいたのだった。それがとうとうしびれをきらして宗一より先に一口頬張った。

 

第5話 「残 柿」 ⑦ (2016.1.31.更新)

  宗一は、自分はただ後藤が新しい職場の水に慣れるまで、その肩の力が抜けるまで、しばらくの庇護者になったに過ぎなかった。しかもそれは定年をまじかに間近に控えた閑職の自分にちょうど相応しい役どころだったのだと思っていた。それだけに、そのことを今も大きな恩のごとくに感じて、何くれと気遣ってくれる後藤に、かえって恐縮するものがあった。

  会社を辞めてから、いわゆる会社関係の交際のほとんどは切れた。予想はしていたが、これほどあからさまに交際の縁が断たれてみると、自分の一個の人間としての価値よりも、その身にまとっていた会社のしかるべき地位と肩書きが、いかに大きな力を持っていたかを改めて思い知らされることになった。

 しかし、それも今では慣れた。そんな中にあって、後藤は唯一切れずに残った一筋の縁の糸のようでもあった。

「裸一貫になった俺自身の値打ち…、身ぐるみ剥がされたその後にそれでも俺にはこれがあるといえる人生の果実か…。」

 ふと、先来の心の問いが蘇って、声なき声が心に谺するのを聞いた。

 

第5話 「残 柿」⑥ (2016.1.23.更新)

 

 信子は手に持った盆を小さな木の丸テーブルに載せると、宗一の向かいのソファに腰を下ろした。

 妻はさもうれしそうに言うと、宗一の茶碗にお茶を注いで、その洋館の小皿を茶碗の横に添えた。

 なんでもない妻の動作、もう何十年も見慣れた茶を入れる動作を、宗一は改めて見つめながら、流れるように自然に動く妻の手の細やかな動きを美しいと感じた。

「へぇ、後藤君が、もう会社を辞めて何年も経つのに、義理がたい男だな、そんなにしてもらうほどのことは何もしていないのに…。」

 後藤は、宗一が定年間近に途中入社で入って来た。なかなか新しい職場に溶け込めないでいた。一刻も早く自分の実力を周囲に認めさせたいと功を焦って、かえってつまらないミスを重ねていた。根の真面目な男だということはすぐにわかった。宗一は、自分の子供のような後藤が、気になって、仕事の要所、要所で、後藤が負担とならないような仕方で、力を抜くことをそれとなくアドバイスした。時には、誘って赤提灯で一杯やって後藤の愚痴を聞いてやることもあった。

 そうしているうちに、途中入社の気負いが少しづつほどけてくると、経験者らしい手堅い仕事ぶりが表れ始め、それによって周囲からの信頼が徐々に醸成されていった。結果、後藤は自信を取り戻し、落ち着いた仕事ぶりで、新らしい職場の頼もしい助っ人としての自身の地位を確立した。 

 

第5話 「残 柿」⑤ (2015.1.12.更新)

「あの柿がどうかなさいまして・・・。」 

「いや、別段どうということもないのだが、たくさんあった柿の実がみんな落ちてしまったというのに、どういう訳であれ一つが残ったものかと、ふと、おかしく思われてね。もう、すっかり葉も落ちて、木は冬の身支度に入ろうとしているというのに…。」

 宗一が、先ほどの心中の問答はおいて、心の表に浮かんだ思いを口にすると、信子は初めてそれに気づいたように、「そうですわね」と言った。

 妻は改めて仰ぎ見るように高い枝にぽつりと残った柿を見た。

 まだ四時を少し回った位だというのに、すでに陽は傾き始めていた。西の空にはうっすらと茜が混じり始めていた。

 逆光となった顔半分が陰になり、ひねった首筋のたるんだ肉に影ができて、深い溝を刻むように見えた。変わらないと思っていた妻の様子にも、老いの陰は確実に差していた。

「お茶、もらおうか。」

 自分の心が信子に気付かれることをはばかるように、宗一は気分を転ずるように、妻に声をかけた。

 

第5話 「残 柿」 ④ (2015.12.25.更新)

「あなた、お茶にしませんか・・・。」

 台所から信子の声が聞こえた。

「すまないが、ここまで持って来てくれ。今日はここでもらおう。」

 しばらくすると妻は自分の分とあわせて盆に急須と茶うけの菓子を載せて持ってきた。

「どうなさいまして・・・。」

「いや、何、庭の柿の木に一つだけ落ちないで残っている実があってな、今日はどんなわけか妙に心に引っかかって、ここを立ちがたい気がしてな・・・すまないね、余計な手数をかけさてせ・・・。」

 信子はガラス戸越しに、仰ぐようにして柿の木を見上げた。

 「あら、本当、…残り柿ですわね。」

 信子の発した「残り柿」という響きは、不思議な新鮮さをもって宗一の胸に届いた。

「残り柿・・・か・・・。」

第5話 「残 柿」③ (2015.12.10.更新)

 「さて・・・」と宗一は思った。

 心中に、迷いのない柿の営みを思った。ひきかえ、すでに古希を迎えた自身の人生はどうであったか。この世に生を受けてから、親の愛情に育まれて、学校に通い、就職し、結婚し、子をもうけ、その子育てを終え、今は一つ仕事を勤め上げて定年を迎えて、仕事を引いた。そうして出戻りとなった一人娘とその子供の行く末を案じながら余生を生きている。人生の春夏秋冬はあった。だが、振り返ってこれが人生の果実であるといえるものはあったか、柿が私にしてくれるように惜しげもなく施せるような人生の果実があるのかと、自問してみると、これがあると、すぐに思いつくような人生の果実は、何もなかった。

 一年一年の営みを、会社というところで勤めてきた。四十年に及ぶ年月を一筋に生きてきた。胸を張ってそう言える。だが、その四十年の営みの果てに、何を自分は手に入れたのか。一個の柿の実ほどに確かなものがあったか。

 「いやいや、そんなに自分を責めるのはよそう、ないものねだりの答問だ・・・。」

 心の中で自問自答の行き詰まりに、決着をつけるように、宗一は、わざと声に出してそうつぶやいた。


 第5話 「残 柿」② (2015.11.27.更新)

  年が明けてのこの二月に古希を迎えた。父も母も七十を前にして逝っていた。親より長生きしたことに、何かしらほっとした。親孝行らしいことは何もしてあげられなかったが、せめてもの親への供養にはなったかと、誕生日の日には仏壇の前で手を合わせて、健康な身体に産んでくれたことを親に感謝した。

 三年前に上の姉を七十八で、そして昨年の三月には七十五で下の姉を、続けて見送った。幸いにも、順番通りの死出の見送りであった。そして、ちょうどあの柿のように、最後にぽつりと私ひとりが残り、やがて落ちる日の来るのを待っている。まだ従兄弟もおれば、甥や姪もいる。だが、父、母を送り、その両親のもとに育てられた姉たちが逝ってしまうと、言葉にいえない寂寥感に襲われた。

 林の家は、自分が継いだ。だが、自分の代で終わる家かもしれない。思いがけず、幼い跡取りができたが、果たしてどうなることか、確かな光明というには、まだそれはあまりにもたよりない光であった。

 柿は春に花をつけ、夏に実を太らせ、秋に果実を結び、これが私の一年の実りですと、惜しげもなく、たわわになった実を施してくれる。そして全ての実を与え尽くした後、葉も落とし、あたかもこれで一年のなすべき務めをすべて終えた者のごとく、次の春の新しい命の芽吹きの時が来るまで、死んだごとくに静かに冬を生きている。

 そこには何の疑問も、何の滞りもない。ただたんたんと繰り返される柿の一年の営みが、迷いのない生き方のようにも思われた。そうして樹齢が尽きるまでそれは続いていく。

 

 

 

第5話 「残 柿」(物語) 新連載 ① (2015.11.23.更新)  

 あらかた葉っぱを落とし、骨のような枝を寒天の空に縮めるように伸ばした柿の木は、やがて来る厳冬に、身構えているようにも見えた。

 その一番高い小枝の先に、柿の実が一つ残っていた。

 師走の近い11月の終わり、縁側に据えた古ぼけたソファにゆったりと腰を沈めて、宗一はガラス越しにその柿を見ていた。

 「あれひとつが、どんな塩梅でいつまでも落ちずにいるのだろう。」

 最初はなんとも思っていなかったが、この頃では朝起きると一番に、柿の様子を見るようになっていた。

 意地を張っているでも、自身の運命に抗しているでもない。柿は黙然と、まだその時が来ていないから、こうしている。そんなふうに心得ているかのようにも思われた。

 「それが自然にうちまかせた身の処し方というものか・・・。あれで、いいのだ・・・。」

 宗一はつぶやくように言った。

 

 

第4話 「瑠璃光寺五重塔」(随筆) ④ 最終回 (2015.11.15.更新)

  高階氏のいう「自己を失うことなくバランスを保つという日本人の生き方」を長年にわたって涵養してきたものの一つは仏教の教えであろうが、その教えの根本は縁起であるという。あらゆるものは相互に関係しあい、その存在を支えあっている。したがって、そこで大切なのは、いたずらに自己主張することでなくて、全体の和、バランスを保ちながら、その中で自己を活かしていくことである。

 そうであれば、お釈迦様の仏舎利を納める塔は、縁起の理法を説き続けられたお釈迦様のその教えがいかなるものかを、その存在そのもので示していることになる。ここに納められた覚者(仏陀)の教えがいかなるものであるかを知りたければ、この塔をみるがよい。まさに無常の世を超えるものこそ、仏陀の縁起の法であるが、その縁起を建築構造の原理にしているがゆえに、塔が不倒なのであろうか。そう考えると、いよいよ興趣が尽きない。

 久しぶりに瑠璃光寺五重塔を訪ねた。休日だったせいか、大勢の観光客が、整備された池沿いの散歩道を三々五々に連れ立って歩いていく。私はベンチに腰掛けて木立に包まれて慎み深くじっと建つ塔を見上げていた。

 瑠璃光寺五重塔は、応永の乱に敗れて戦死した兄大内義弘を弔うために、二十六代大内盛見が建造を開始し、嘉吉二年(一四四二年)頃に完成したと聞く。無念のうちに冥界に遊ぶ、もののふ(武士)の魂は、五重塔を屈託なく仰ぎ見て歩む私たちを見て、何を思うであろうか。



第4話 「瑠璃光寺五重塔」(随筆) ③ (2015.11.6.更新)

  上田篤氏の『五重塔はなぜ倒れないか』(新潮選書)という本を読んでみると、その理由については、これまで明解に説明されることがなかったというのだ。それでこの本では、建築家、建築史家、建築構造家という専門家が集まって、その不倒の原因を究明し、つぎのような結論を得たという。

「五つの帽子を積み上げたような五重塔は、地震のとき乱れをに抑えて、しだいに震動を弱めていく」

 美術評論家の高階秀爾氏は、この本の裏表紙に一文を寄せて、「そこには、力に対して力で対抗するという西欧の技術思想とは全く別の、相手の力をしなやかに受け入れてしかも自己を失うことなくバランスを保つという日本人の生き方が見事に反映されている」と、解明された五重塔の神秘に感嘆の声をあげている。

 ここに至ってみると、私の先に指摘したおもしろさは、もうひとつ反転して、そのおもしろみを増すことになった。

 

第4話 「瑠璃光寺五重塔」(随筆)  ② (2015.11.1.更新)

 それらの名塔が、背負って立つ文化の後ろ盾に比べると、瑠璃光寺の五重塔が背負う大内の文化は、いささか地域的に過ぎているように思わないでもない。しかし、またその小振りの文化の、洗練された品の良さが、「瑠璃光寺五重塔」にはよく似合っていると思う。並び立つ二名塔に伍して、三名塔の一角をしめていることを思うと、悲運のうちに滅び去った大内文化ここにありと、世に知らしめんがごとく静かにたたずんでいる塔に、よくやってくれたとねぎらいの言葉をかけてやりたい気持ちにもなる。

 ところで、塔について私がおもしろいと思うことがある。それは塔はそもそもがインドでお釈迦様のお骨(仏舎利)を納めることから始まったものだ。それが中国に伝わり日本に伝わる中で、今日の三重、五重の塔になってきたのだという。お骨は命のはかないことを、端的に教え示すものだ。つまり永遠不滅のものは、この世には存在しない。その無常の道理を示しているのがお骨である。おもしろいと思うのは、それを納める塔に、不倒神話があるということである。塔は倒れない。名塔の一席を占める法隆寺の五重塔は千三百年の時間を超えて建っている。素人が考えれば、あのように縦に細長い建造物は、積み木のように脆くて、僅かな地震でも簡単に倒壊しそうだ。ところが、実際は相当の地震で、かなりの被害が出ているような時でも、塔は倒れないのだという。

 

第4話「瑠璃光寺五重塔」(随筆) 新連載 ① (2015.10.27.更新)

 

 谷崎潤一郎が、若き日、「麒麟」という言葉に魅かされて、短編をものしたことがあるということを、聞いた。私にとって、「瑠璃光寺五重塔」は、そんな魅力のある言葉だ。

 まず、その「るりこうじ」という言葉の響きが美しい。そして、そのエキゾチックな文字の表情も好きだ。瑠璃とは、もともとはインドのサンスクリッド語の音写文字で、七宝の一つだという。青色の宝石、紺瑠璃を指すと聞いた。

 実際、五重の塔は、瑠璃光寺という名前を得たことによって、塔としての気品にこの上ない華を添えられたのではなかろうか。いや、その程度の値打ちではすむまい。まさに、塔としての命をこの名によって宿されたように私は思う。聞けば、瑠璃光寺の五重塔は、日本三名塔の一つに数えられているという。他の二塔は、奈良斑鳩の法隆寺五重塔と、京都伏見の醍醐寺五重塔である。それぞれ日本の歴史に一時代を画した文化の都に建つ。仏教によって国の政を進めようとされた聖徳太子の願いの込められた法隆寺五重塔。その仏教文化の華を咲かせた平安の都に建つ優美な醍醐寺の五重塔。(次回に続く)  


第3話 「なつかしきもの」(随筆)  ④ (2015.10.16.更新) 最終回

 

  万人に平等に訪れる死。その死という無常のフィルターを通して見た時、無に帰するもののためにあくせくと一生過ごす自分の愚かさが、透けて見えてくる。いろいろのもので身を固めながら、実は何も身につけていない裸の王様の私。だが、己を見つめた無常の眼差しを転じて、人生劇の共演者のだれかれを眺めてみると、皆が皆そろってその愚かさの中にあることが見えた。皆同じか。

 自分の愚かさを笑いながらも、その愚かさを一歩も出ることのできない人間のもつ悲しみへの共感。この詩の持つユーモラスな哀感はそれだろうと思った。

 私の読みは外れているかもしれない。ただ、私が自身の平安を思う心から個人の死を念頭に死をなつかしんでいるのに対して、作者は死のもつ平等性というものに、ある種の救いを見出しているように感じられた。そしてそこに一度も会ったことのない人たちとの連帯すら感じているように思われた。安らかな個人の死のなつかしさは、そのまま万人にとっての、連帯の接点として、なつかしいものに転じられているようだ。

 それを先述の里帰りになぞらえて言うなら、祖国を離れたていた無数の人々が、その日(帰国の日)を機会に、皆が一斉に母国に帰る、それを心まちにする、そんな感じのなつかしさかもしれない。

 急ごうとは思わない。いつも通りに過ぎていく平々凡々の生の営みの最後に、その日(死)が来る。その日こそ、なつかしきもの。


第3話 「なつかしきもの」(随筆) ③ (2015.10.10.更新)

 そういえば、いつだったかおもしろい詩を読んだことがある。スナックのマッチ箱のような小さな黒塗りの箱の表面に文字が白く抜いてあった。

 「なつかしき みな死ぬる 人と思えば なつかしき」

 作者は木村無相とあった。ごく短い詩だが、この詩自身が私にはなつかしく感じられた。目で瞬間に読み切った時、思わず笑ってしまった。そして、次に声を出して読んでみて、そのユーモラスな哀感がなつかしく感じられた。

 ひどい仕打ちに泣かされたが、あの人もやがて自分と同じように死んでいく。こんな金持ちで偉いんだと、ふんぞり返っているこの人も、やがて死んでいくのか。そう思うと、どの人もみんななつかしい。

 このなつかしさの正体は何だろう。この世では勝った負けた、儲けた損した、愛した憎んだと、悲喜こもごもの人間劇を演じていく。だが死んでしまえば、そうして手に入れた地位も財産も愛も、みな無に帰する。

 ある時は敵となり、味方となり、富者となり貧者となり、夫なり妻となりして、束の間の人生劇を演じてきた。しかし、その劇の幕が下がって、楽屋に戻って、身に着けた化粧や衣装を全部とってみたら、真っ裸のお互いがそこにいた。(次回に続く)



第3話 「なつかしきもの」(随筆) ② (2015.10.4.更新)

  だが、私にはこの平々凡々と過ぎていく一日が好ましい。穏やかにいつも通りに一日が過ぎ、いつもの通りに一月がたち、一年が経っていく。毎年毎年がいつも通りに過ぎていき、その中で死に向かって穏やかに移ろふ人生の歩みが静かな安らぎを与えてくれる。

 まだ還暦にもならないものが、死を懐かしむのはおこがましいようだ。七十、八十の人生の先輩に、こんな述懐を聞かせたなら、なにを老人くさいことを言うと、お叱りを受けるかもしれない。

 しかし、私にとって懐かしいもののひとつはやはり死なのである。もつろん誤解してほしくないが、自殺を願望しているとか、死について猟奇的な興味があるとか、そんなことではない。一生の懸命な生の営みの最後に、その生を完結するものとしての、静寂な死が、真実のやすらぎの場、もっと言えば、そこから私たちがこの生命をもらったいのちの根源的な世界に、帰っていくように思われるのである。ちょうど都会の生活に疲れた子供が、田舎の親の実家に帰って疲れた心身を癒すことを楽しみとして、お盆休みが来るのを待つような、そんな気持ちに近いかもしれない。(次回に続く)

 

第3話 「なつかしきもの」(随筆)  ①(2015.9.29.更新)

  寺の参道の坂道に一匹の油蝉が大きな腹を見せて死んでいた。

 青年の頃、油蝉の死にざまに憧れたことがある。たった一匹で夏を背負って立ち、自分の勤めはこれ一つと思い定めたように、一心不乱に鳴き続け、力尽きたら、もはやこれまでと、何ごともなかったように未練なく死に果てる。よく生き、よく死ぬことの平明な手本が、そこに示されてあるように思われた。それはいつでも潔い武士の最後を思わせた。

 一人の家庭人として日々の生活に追われて知らされたのは、蝉のようにすっきりとわりきれた境涯は生きられないということである。ことに当たって愚図愚図と迷い、実行してみたら、予期せぬ結果にがっかりし、愚痴をこぼす。思い通りにならない人生を少しでも思い通りにしようと努めながら結局はなるようにしかならない人生を生きていくしかない。

 そうしてとうとう人生六十年の坂が近づこうとしている。振り返って、これまでの人生何をしてきたのかと自問したとき、これといって手柄にできることのひとつもないことに愕然とする。ただ、食べて寝て働いて、子育てし一日一日が息災に過ぎゆくことを願って生きてきた。

 まじめに懸命に生きてきたと胸を張って言うことはできるが、さりとて人様に自慢のできる特別なことをしてきたわけではない。(すでに私に残された時間は、これまで生きてきた時間より長いことはあるまい) 私のこれまでの人生を誰か他の人が冷静に眺めて講評したなら、それは平凡な一生ということになるのだろう。(次回に続く)

 

 

第2話 「モンゴルの鷲」 ⑭ 最終回 (2015.9.17.更新)

 
 それは取るに足りない一瞬の思い出に過ぎなかった。だが、それは堀にも亜紀子にも決して話すことのないとこしなえの秘密の思い出だった。

 もしあの時、自分の返事が違ったものであったなら、自分たちの人生はどうであったろう。時に考えないでもなかった。しかし、それは暇潰しのつまらない仮定だ。今よりほかの人生はなかったし、望んでもいない。自分は今の自分の人生を、今こうして生きていることを喜んでいる。

 だが、青春の切ない光彩のごとく胸の底に沈めて、折々に取り出してきては眺めるささやかな思い出は、きっと堀の胸にも、亜紀子の胸にも、そして亡くなった里美の胸にも、あったに違いない。いや、すべての人の胸に誰にも言えない、思い出しては繰り言のように悔やみ、懐かしむ、人生の瞬間があるのだろう。「もしあの時、ああであったらと・・」振り返って偲ぶほろ苦い人生の哀切の瞬間を誰もが持っているに違いないのだと、秀三は思った。


 窓外に目をやると、一時止んでいた雨が、また落ちてきた。曇天に日暮れは早い。急に周囲が薄暗くなりはじめた。そんな中、そこだけ灯りをともしたように明るく浮き出して見える庭の白いコスモスに、霧を吹いたような十月の雨が滴った。

 離れの部屋からは、指慣らしに引く亜紀子のいつものピアノの音が静かに聞こえていた。                    完



第2話 「モンゴルの鷲」 ⑬(2015.9.11.更新)

 明るい駅前を過ぎて里美の下宿のアパートへ向かう道は、ところどころ街頭がある位で若い女性が独りで歩くには、物騒な道だった。

 もうすぐそこに里美のアパートが見えた。その時であった。

「ねぇ、佐伯君、私じゃ、だめかしら・・・あなたの恋人になれなくって・・・」

 秀三は、その言葉の意味がすぐにわからなかった。そしてわかってからは、どう返答したものかと、戸惑って、結局はよく考えもしないままに、にわか返事をしたのだった。

「えっ、僕、僕なんか全然だめだよ、僕なんか…、里ちゃんにはふさわしくないよ・・・」

 里美はそれを聞くとうつむいて、それからしばらくして、ただ「そう」とだけ言った。


  大学を出て数年後、堀と里美は結婚した。佐伯は里美の親友であった亜紀子に出会い、翌年に結婚したのだった。  

第2話 「モンゴルの鷲」 ⑫ (2015.9.4.更新)

   その時、深い海の底からふっと湧き上がるように、秀三の胸を熱くする記憶が去来した。

 「・・・ねえ、佐伯君、・・私じゃ、だめかしら・・・」

 おずおずとためらうようにして私に言った里美の言葉と、その時私をまっすぐに見つめた真剣な眼差しが、秀三の胸に焼き付いていた。それは青春のほんの一瞬の光景だったのに、それはいつまでも胸の奥深くに留まって色あせることのない光を放ち続けていた。

 

 定期コンサートかが終わった後の打ち上げで、堀はへべれけに酔っていた。その堀を下宿のアパートに送った後、佐伯は方向の同じ里美を二つ先の駅まで送っていくことにした。佐伯の下宿はその駅から地下鉄に乗り換えて三つ目であった。

 里美の駅に着いた時、すでに十時を過ぎていた。駅から里美の下宿のアパートまで歩くと少し距離があった。

「家まで送ろうか・・・」

 里美は断るだろうと思いながら、佐伯が訊くと、里美は「うん」と素直にうなずいた。

 改札を出てから、急に二人は黙りこくってしまった。堀のいないところで、二人して歩いていることが、どこか後ろめたかった。正当な理由があってのことだし、何も特別のことでもない、そう心の言い聞かせるのだが、里美に思いを寄せている堀のことを思うと、やはり秀三は微かな罪の意識を感じずにはいられなかった。

 敏感な里美が堀の気持ちに気づいていないはずはなかった。里美の沈黙も自分と同じ気持ちの現れであったかもしれない。

 

 第2話 「モンゴルの鷲」 ⑪ (2015.8.28.更新)

  しばらくしてシャオチンマは洪水に飲まれるようにして死んだ。女はシャンチンマのお陰で命を助けられた。そして男と女はそれ以後一緒に住み暮らすようになったのだ。

 男と女はシャオチンマの屍を荼毘にふした。だが、シャオチンマの死んだ体はどんなにしても焼けなかった。すでに天界の生を消されたシャオチンマは、二度と天界に戻ることを許されなかったのだ。

 男と女は燃えないシャオチンマの屍を前にして思案した。男と女はシャオチンマの屍で楽器を作った。そしてそれを奏してシャオチンマの霊を弔ったのだ。その楽器が馬頭琴なのだ。おまえが手にしているその楽器こそ、シャオチンマの精であることを忘れるな。」

 私は胸に抱いた馬頭琴を一層胸に強く抱いた。そして何度も何度もうなずいた。

 翌朝目を覚ますと、背中にぐっしょり汗をかいていた。

 昨夜聞かれされたシャオチンマの伝説は私には夢だと言って片づけることのできないものだった。

 馬頭琴の調べは、シャオチンマの哀史を伝えるものだと実感した。そういう思いで改めて馬頭琴に触れると、前日には感じなかった静かな安らぎを覚えた。試みに弓を擦ってみると、夢の中で聞いたシャオチンマの悲しい最後のいななきにも似た馬頭琴の美しい音色が響きだした。」

 原稿はそこで終わっていた。

 文字通り夢でも見たような物語だった。にわかには信じられなかった。しかし、そこにはスーホの白い馬伝説として広く伝わる馬頭琴の物語にはない情念があった。馬頭琴の哀切な音色の秘密がここにあったのかと、うなづけるものがあった。



第2話 「モンゴルの鷲」 ⑩ (2015.8.21.更新)

  シャオチンマは男を乗せるとの女のもとへ走った。だが、途中で激しい豪雨が降り出した。雨はますます激しく降りつのり止まなかった。黒雲に覆われた空は光を遮り、辺りは夜のように暗くなっていった。

 水嵩は増え、川は洪水となって氾濫した。男が女の住まいに着いた時、女の家は濁流に飲み込まれていた。男は女を探した。もう新しい陽が昇るまでには時間がなかった。

 男は女を発見した。女は濁流となった洪水に飲み込まれそうになりながらも、必死に岩につかまっていた。今、助けなければ間に合わなかった。

 だが、もう時間はなかった。もう一分遅れたなら、たとえシャオチンマの足でも帰ることはできない。シャオチンマもそれは承知していたのだ。

 女は苦しそうに水面に顔だけだして息をしていた。男はシャオチンマに哀願した。シャオチンマはためらっていた。

「シャオチンマ、帰るんだ」

 俺は、掟を破ってシャオチンマに向かって叫んだ。

 シャオチンマは無言のまま、一瞬俺を見上げて青い瞳を一度だけきらきらと輝かせた。そして悲しいいななきを上げて、男を背に乗せたまま女を助けに走り去ったのだった。

 もう新しい陽が昇り始めていた。シャオチンマは神の掟を破った。それを承知で女を助けたのだ。

 俺は神への報告をためらった。俺はシャオチンマが女を助けるのを見届けて、神へ報告した。 

 

 

第2話 「モンゴルの鷲」 ⑨ (2015.8.15.更新)

 神はこの男と女のために,シャオチンマを与えた。青い目の白い子馬は、千里の道をひとけりに走った。年に一度男は女に会うことを許された。シャオチンマは男を乗せ、女のもとへと走った。男は新しい陽が昇る前に帰らねばならなかった。

 俺は男と女を、そしてシャオチンマを見張るようにと神に命じられて、このモンゴルの大地に降ろされたのだ。俺はシャオチンマを愛していた。いや、俺だけではない。天界に住むすべての者にシャオチンマは愛されていたのだ。

 優しいシャオチンマは、いつでも誰かを喜ばせようとしていた。それがシャオチンマの喜びだったのだ。俺はシャオチンマが地界に降りると聞いて反対した。淋しかった。しかし、皆が嫌がるその役をシャオチンマは自ら進んだ神へ願い出たのだ。そして神はシャオチンマを選び、地界へと降ろした。

 俺は空の上から、いつもシャオチンマを見守った。地界では話すこができない。シャオチンマの青い瞳が俺を見上げて、モンゴルの乾いた大気の中、きらきらと輝くのを見ると、俺は心の底から慰められたのだった。

 何年もの間、人間もシャオチンマもよく掟を守った。そして今年一年を無事に過ぎれば,シャオチンマは天界へ戻れるのだ。そしてその年に一度のその日がめぐって来た。

 

 

第2話 「モンゴルの鷲」 ⑧ (2015.8.9.更新)

  モンゴルの大草原では無数の星が美しく煌めいていた。私はその下で震えながら懸命に馬頭琴を鳴らそうとしていた。しかし、それは鳴らなかった。前夜の青年の演奏を思い出しては、いろいろに試してみた。だが、馬頭琴は音を出さなかった。

 その時だった。突如、白い大きな鷲が現れて、私の頭上すれすれのところをゆっくりと旋回し始めた。声が聞こえた。力強く威厳に満ちた声だった。しかし、淋しい響きがあった。

 「俺は、おまえに話さなければならない。それが俺に与えられた罰だからだ。おまえは馬頭琴を手に入れた。俺は馬頭琴を手に入れたすべての人間にこの話をしなくてはならないのだ。おまえは俺の話を聞かないうちは、決して馬頭琴を弾くことはできない。よいか、しっかりと聞くのだ。」

 私はその声がどこからするのか、いぶかしく思った。私はおそるおそるあたりを見回した。けれども、それらしい人影は見えなかった。しかし、その声が頭上をゆっくりと旋回している鷲のものであることは、直にわかった。

 私は馬頭琴を胸に抱くと、恐ろしさから目をそらすように固く目をつむった。そして、じっと鷲の話に耳を傾けた。

 「このモンゴルの大草原に神は一対の男と女を住まわせたのだ。だが、この二人は神の掟によって一緒に住むことは許されなかった。二人はモンゴルの東と西へ別れて住まなくてはならなかった。歩いてはとても行けないほどの距離を隔てられたのだ。 

 

第2話 「モンゴルの鷲」 ⑦ (2015.8.5.更新)

  いかにもその場で老人の言葉を書きとめたらしい、いささか読みづらい手書きの原稿に秀三は視線を戻した。

 「こんな話をしてあなたが信じてくれるがどうかわからない。だが、遠い異国から来たあなたに、私が聞かされた馬頭琴の話を聞いてもらいたい。

 夏の終わり、私は、モンゴルへ旅立った。何十年も昔のことで、今ではもうその土地の名前も忘れた。ウランバートルから鉄道を数時間も乗り継いだ所だった。

 人の紹介で、私は一晩をある草原のパオで明かすことになった。私はそこで馬頭琴という珍しいモンゴルの民族楽器を見た。元の頃にアラビアから伝えられたラバーヴを改造して作ったという。木製の台形の表裏に馬皮を張り、これに長さ1メートル位の長い竿を立てる。その竿の上部に二個の天主を左右に設け、これに二本の馬尾製の弦が張ってあった。上端が馬顔の形をしているのでこの名がついたと聞いた。

 馬頭琴の響きは、深い哀調を帯び、胸にしんしんと滲み入るようだった。モンゴル人の青年の演奏を聞きながら、私は泣いた。なぜ、泣いたのかわからない。私は馬頭琴に魅せられた。

 翌日、昨夜の青年に、有り金すべてと馬頭琴を交換してくれるように頼んだ。金額に満足したのか、彼は承知してくれた。私は礼をいい、馬頭琴を抱えるようにしてその村を出た。

 その晩だった。この馬頭琴にまつわる伝説を私が知ったのは。深い眠りの中で私はそれを教えられた。 

 

 

第2話 「モンゴルの鷲」⑥ (2015.7.24.更新)

 「二十何日だったかな・・・」

「二十三日ヨ。命日は」

 里美は亜紀子の親友だった。子供が授からずに不妊治療に真剣だった頃は、かわいい正彦を抱く里美に、少なからず嫉妬の感情も抱いていたらしかったが、子供を諦めてからは、まるで正彦を自分の子供であるかのごとくにかわいがり、その成長を里美と姉妹のように喜びあっていた。

 生きていれば、正彦ももう大学を出て立派な社会人になっていたはずだった。

 二人を失った後、大学の恩師や先輩たちから、一度ならず再婚の話が持ち込まれたが、堀はとうとう見合いもすることなく、かたくなに再婚を拒んで、独り身を通した。

 悲しみを打払うように堀は研究に没頭した。考古学を専門とする彼は、大学の長期の休みを利用しては、海外に発掘調査に出かけた。快活な性格は変わらなかったが、二人を失ってからの堀の快活さには、深い陰影が刻されたことを誰もが感じとった。

 

 

 

第1話 「遅 い 桜」 最終回 (2015.6.15.更新) 

 翌日五日振りに、習慣を復活させてテラスに行って見た。

 大型ガラス一杯に桜の花が満開の花を見せて、ガラスはピンク色に染まっていた。

 「咲いた、咲いた、サクラが咲いた」

 読み書きで習ったこの言葉がふと、口をついて出た。

 テラスに来なかった間に桜は咲いたのだった。自分の知らない間に村松が死んでいったように、桜は自分の知らない間に咲いていた。

 指定席に座ることも忘れて、しばらくテラスの大型ガラスの前に立って、老木が咲かせた見事な桜の花に見とれた。 

 桜は、苦しみ多いこの世の万象に微笑みかけて、その苦を拭い取ってくれるように達夫には思えた。

 俺はこの花に慰められたかったのだ。他に歩みようのなかった自分の人生を、そのままでよいと認め、許してくれるように優しく咲いているこの桜の花に。今日咲いて、明日には散っていく人生だが、おまえが懸命に今日咲いて、何も思い残すことなく潔く散っていくように、俺もそうして終わったらそれでよいのだな。人はどう言おうと、俺は俺なりに懸命に生きてきたのだから。

 達夫は、春光にきらめく一輪一輪の桜の花を眩しそうに見つめて、心に強くそう言い聞かせた。

                             完

 

第1話 「遅 い 桜」 ⑰ (2015.6.10.更新)

 けじめをつけるためなのか、グリーンリーヴズでは、村松の死後三日後に写真を花で飾って、細やかなお別れの会を催した。

 ホームの職員の説明では、すでにお通夜、葬儀等は村松の子供が遺体を引き取って滞りなく済ませたということだった。

 強制ではなく、ホームの公式行事でもなかったので、お別れの会は、多少村松と交誼のあった者たちが、その死を悼むためにそれぞれがお参りするために設けられた簡易な祭壇に、ホームで用意された花を供えるものだった。

 互いに深いことは知らない。ここで初めて会った老境の友だった。ただ達夫にとって、わずかな縁から自分を慕って、心安く交際してくれた村松は、失ってから思えば、ホームでのかけがえのない友人であった。

 様々な彩りの花に囲まれて微笑む村松の遺影は、日頃の性格そのままにくったくなく見えた。

 「さようなら、村松さん。君が僕より先に往くとは・・・・、短い間だったが、ありがとう。ご冥福を祈ります。」

 そう心で祈って、用意された白菊を一輪達夫は供えた。

 「お別れですわね。」

 いつの間にか達夫の後ろに、花を持って並んでいた美也子が背中から声を掛けた。

 達夫は振り向いて美也子と顔を合わせるのが、なぜか憚られた。自分情けない顔を見られたくなかったのか、ただ後ろを見せたまま、肩をすぼめて、「最後の別れです」と、その意を表した。

 美也子は重ねて言葉を掛けてはこなかった。

 

第1話 「遅 い 桜」 ⑯ (2015.6.2.更新)

  「溝辺さん、ご存知?」

 「・・・・・」

 「まぁ、ご存知でないのね。」

 「一体何事ですか。」

 「村松さんのことよ。」

 「村松さんが、どうかしたんですか。・・・いつも僕より先に朝食に下りて来ているのに、今朝は来られないのでどうしたのかと、思っていたところです。」

 「まぁ、それじゃ、あなた本当にご存知でないのね。」

 なかば呆れたように美也子は言った。

 「昨晩、村松さん亡くなられたのよ。心臓発作ですって。・・・お気の毒に。・・・本当に人の命なんて当てにならないものね。」

 「えっ・・・・」

 達夫には美也子の告げた言葉の意味がすぐには理解できなかった。

 村松が死んだ、そんなばかな。昨日の朝食の時にも、いや、昼食でも一緒になって、俺の桜のことを聞いてきたじゃないか。そうして俺の桜が咲いたら、ひとつ中庭に出て花見をしましょうと、村松らしい快活な調子で言っていたではないか。その村松が死んだ?

 そうか昨晩、深夜に何か人の慌ただしく出入りする音がしていたのは、村松の部屋での異変だったのか。

「溝辺さんとは、親しかったんですものね。お察ししますわ。・・・」

 そう言うと美也子は達夫のテーブルを離れて行った。

 村松が死んだ。何度も心に言い聞かせて納得しようとしたが、実感が湧いて来なかった。

 食事を終えて部屋に戻る時、わざわざ反対側の階段をのぼって、村松の部屋の前を通ってみた。気がついてみると、すでに部屋の表札は外されていた。

 その日はいつもの習慣を実行する気持ちになれず、達夫は一日部屋の中でぐずぐすと過ごした。


 第1話 「遅 い 桜」 ⑮ (2015.5.26.更新)

  人付き合いをなるべく避けるようにしていた達夫は、周囲から気難しい人種のような見做されていたが、村松はそんなことに頓着せずに、気さくに声を掛け、ある程度の距離感を保って接してくれていた。その距離の取り方が達夫には心地良かった。

 会話の少ないホームの生活の中で、朝食の時に必ず、この食堂で村松と話すことが、達夫にとっての一日のスタートになっていたので、村松の不在に、物足りないものを感じた。村松が、単調な自分の生活に何がしかの活気と彩を与えていてくれたことが思われた。

 もしこのまま朝食に来ないようなら、テラスからり帰りにでも村松の部屋を訪ねてみようか。コーヒーを啜りながら、そんなことを思った。

 もう食事を終えて、テーブルを立とうとした時に、足を軽く引き摺りながら、浜崎美也子がやって来た。

 美也子は最近になって左の膝が少し悪くなってきていて、リハビリをに受けていた。

 「溝辺さん、おはよう。」

 先日の身の上話について引きずるものがあったのか、多少はにかむような顔をしたが、美也子は明るく声を掛けてきた。

 「ああ、浜崎さん、先日はどうも。おはようございす。」

 先日はどうも、は余計だったと言ったさまから後悔したが、何か一言言わないでは、けりがつかないような気分が達夫にはあった。

 

 

第1話 「遅 い 桜」 ⑭ (2015.5.15.更新)

  その日の晩だった。何か同じ階でばたばたと人が忙しく動き回る気配が伝わってきた。美也子の部屋とは反対側の階の外れのようにも思われた。人声が時折聞こえたが、何を言っているのかはわからなかった。

 夜寝られないホームの住人が時折、夜中にごそごそと部屋を出入りすることはあった。だが、複数の人の足音が交錯していながら、なるべく周囲に物音が漏れないようにと息を凝らしている、こんな気配は達夫が初めて経験するものだった。

 何事かあったにちがいなかった。だが、わざわざ部屋を出て行って確かめるのは、面倒だった。なに明日になったら、わかることだ。達夫は再び夢の世界に帰って行った。

 翌朝、いつものように朝食をとりに食堂に下りて行くと、ホームの親しい住人同士が三々五々集まって、辺りを憚るようにひそひそ話しをしていた。そのような親しい友人を持たない達夫は、いつものように自分のテーブルに向って歩んだ。

「おや、珍しいな、まだ村松さんが来ていない。」

 いつも早々とテーブルに座って朝食をとっている村松総一の姿が見えなかった。自分より二つか三つ若い村松は、少し小太りで頭の禿げ上がった男だった。

 遅れてテーブルに歩んで来る達夫を見つけては、快活に挨拶をしてくれた。

 達夫より少し遅れてこのホームに入ったこともあり、また、たまたま部屋が同じ階であったこともあって、当初ホームについて尋ねられるままに、教えてあげたことが縁となって、村松は自分を慕ってくれていた。 

 

 第1話 「遅 い 桜」 ⑬ (2015.5.10.更新)

 ここに来るまでの俺の娑婆での生活は、まさに動乱の日々だった。どこにも心の休まる処をもたなかった。少しでも気を許せば、足元をすくわれた。弱気を見せれば、そこに付け込まれた。会社でも家でも、どこにも安息できるところを自分は持っていなかった。

 美也子はそれを持たないことを不幸と言ったが、そんな動乱の日々など、持たないほうが余程安穏な人生を送れたのではなかったか。

 美也子の身の上話に触発されて、自分の人生を振り返ってみた時、達夫はこれが幸せだったと、懐かしんで言える幸せのひとつも持っていないことを改めて知った。

 夢のように過ぎた七十年の人生の歩みは何であったのか。直に幕を閉じようとしている自分の人生の実りは何だったのか。開墾にも似た深い問いが達夫の胸に重く残った。


第1話 「遅 い 桜」 ⑫ (2015.5.3.更新)

  だが、俺が懸命に働いたお陰で、安心して家庭が営まれ、おまえたちもぬくぬくと育つことができたのでないのか。自分ひとりで大きくなったように思いやがってと、内心に我慢のならないものをずっと抱えていた。

 妻が亡くなると、娘たちはみなそれぞれに家を出て行った。家を出たのではなくて、父親である自分を棄てていったのだ。

 それもこれもみな自分の蒔いた種には違いなかったのだろうが、ただ懸命に働いてきただけの自分がなぜこんな仕打ちを受けるのか、達夫には理解できなかった。

 妻も娘たちも、口を開けば、「お父さんは私たちのことが何もわかっていない、もっと私たちのことを理解してほしい」と言ったが、それなら誰が俺のこの気持ちを理解してくれたというのか。おまえたちが一生懸命したというのなら、俺だって一生懸命やったのだ。それなのになぜ、夫婦生活は破綻し、家庭生活も崩壊したのか。それもこれもみんな俺ひとりが悪いからだというのか。

 どこに向けて晴らしたらよいのか、はっきりその相手がわからなったが、怨念のような根深い怒りが、心の底から湧き上がってくるのを達夫は感じた。

 それを手にできなかったから、幸せになれなかったと美也子は言ったが、俺はそれを手に入れたからこそ、幸せになれなかった。

 妻が死に、末の娘が大学を卒業して家を出ると、俺はたった一人になった。娘たちにはこのホームに入居する前に、自宅を処分して作った金を三等分して、遺産として分け与えた。まるで親子の縁を切る手切れ金のようだった。娘たちもそう受け止めたのか、一度もこのホームに自分を訪ねては来なかった。

 定年後ま、記者としてのキャリヤを買われて、専門学校やカルチャーセンターで、マスコミ論やら文章教室などの仕事があって、再就職に苦労はなかった。だが、年々に自炊することが大儀に感じられるようになっていった。そんな時にちょうどこのグリーンリーヴズの折込広告が舞い込んで来たのだった。 

 

 

第1話 「遅 い 桜」 ⑪ (2015.4.26.更新)

  翌日、達夫は習慣に従って、テラスの指定席に座った。桜は依然蕾のままだった。

 リクライニングの角度をほぼ水平になる位にまで倒して、昨日同様に光の蒲団にくるまるようにして目を閉じた。

 昨日の美也子の話しが思い出された。「女としての楽しみを何も知らないままに終わる」と言った言葉を反芻して、男としての自分は幸せであったのかを考えた。

 当時の女性として結婚がもたらす女の幸せには当然の憧れもあったろう。だが、そこでいう夫婦生活、子育ての喜怒哀楽、家庭生活の幸せを自分は人並みにすべて味わってきたはずだが、美也子に羨ましがられるほどの幸福があったかと言われれば、答えは否だった。

 今思えば自分が仕事にかまけて、家庭を顧みることをしなかったのがいけなかったのだろうが、当時の自分には仕事が全てだった。

 敏腕記者として鳴らし、スクープもいくつもものにした。夜討ち朝駆けは当たり前、人脈作りのための深夜の飲み屋通いも仕事のうちであった。

 妻をかわいがってあげることもできなかった。三人の娘の育児も教育もみな妻任せだった。新婚生活の蜜月も半年ももたなかった。もうそれ以降は、家内が病に倒れるまでの三十数年の夫婦生活は争いの絶えない苦痛に満ちた夫婦生活だった。

 妻が六十になる前に心筋梗塞で倒れた時、三人の娘はみなお父さんのせいだと言って、自分を責めた。何ひとつ父親らしいこともしてあげられなかったのだから、娘らが母親の肩を持って、心労からお母さんはこんな病気になったんだと、寄ってたかって責めるのも無理はなかったのだろう。 

 

 

 第1話 「遅 い 桜」 ⑩ (2015.4.19.更新)

 なぜ、美也子が急にこんな身の上話を自分に聞かせたのか、達夫には訝しかったが、「今生で見納め」と言った自分の言葉が美也子の心の扉の錠を開ける働きをしたのかもしれないと思った。

 「・・・まあ、どうしたのかしら、こんなことをお話して、ごめんなさいね。溝辺さん、変な打ち明け話をしてしまって・・・。」

 急に正気に返ったように、達夫に微笑みかけると、美也子はチェアをリクライニングさせて、そのまま口を閉ざした。

 結局、達夫は何も話さなかった。

 が、それでよかったのだと思った。すでに美也子自身が自分で解決している問題に、今更何を言うことがあろうか。慰めも、励ましも、いたわりも、どんな言葉もそれは空々しい言葉となっただろう。他人が分かったような顔をして講評できる話ではなかった。それは美也子だけにしかわからない経験だったのだから。ただ聞く以外になかった。

 

第1話 「遅 い 桜」 ⑨ (2015.4.10.更新)

 「今なら医学も進歩しているし、人びとの考えもずいぶん変わりましたから、思えばおかしなことなのかもしれませんが、両親も私もこの火傷があったら、とても人並みに結婚することは難しいだろうって、相手がこのケロイドの前に尻ごみするものと決めてしまいましたの。それにそれを予め承知してお付き合いを願うというのも、変でしょう。それで、私は将来独身でも生きていけるようにと、学校の教員になりましたの。勤めいる間には、何度か結婚を申し込まれるようなこともありましたけれど、やはりこの火傷の跡を見せることは、どうしてもできなくて、事情があるからと、みんな断りましたの。」

 女としての楽しみといった言葉の内容がようやく達夫に飲み込めた。それは美也子たちの世代の女性が一般的に憧れた結婚であり、それがもたらす夫婦愛や子供の養育にともなう喜怒哀楽であり、家庭生活がもたらす、妻として嫁として母として、そして主婦として味わうことのできたはずの女の人生そのものの楽しみのことであった。

 「今ではそれが自分の人生と諦めましたけれど、それでもやっぱり若い時は、辛うございましたわ。特に心を通わせた相手と別れたときにはね。誰でもそうなんでしょうが、そんな時には、いっそう死のうかとも思いましたわ。でも、そんなことをしたら母がどんなに悲しむかと思って、それもよくできませんでしたわ。どうしてこんな傷を負ったのかしら、なぜ自分ひとり当たり前の幸せから除かれたのかと、普通に結婚して、子供をもうけて幸せにくらしている友達を見るにつけて、随分内心で僻みもし、自分の人生を恨んだものですわ。でも、今はね、そういう人生が懐かしいようにも思えますのよ。父が逝き、母を見送った後に、身寄りのない自分は、教職を定年で退いて、身辺の整理を終えて、このホームに入居しましたのよ。」

「・・・・・」

 達夫はやはりどう応えていいものか、言葉が見つからず、沈黙の間合いでもって、美也子の話を確かに受け止めたことを示すしかなかった。

 

第1話 「遅 い 桜」 ⑧ (2015.4.5.更新)

 「私、幼い時に、ちょっとした不注意から火傷したんですわ。ちょうど右のお乳の辺からお腹にかけてね。」

 美也子はそう言いながら、左手をすぼめてメスのように見立てると、火傷した箇所を手刀でなぞって見せた。

 「今もその時の跡がケロイド状に残っていますわ。」

 色白の美也子の肌に赤い帯を引いたように残っているケロイドを、達夫はすぐには想像できなかった。しかし、上品な顔立ちの美也子の身体に消しがたい火傷の跡が醜く刻印されている様を微かに頭に思い描いた時、それは無惨な光景でありながら、何か艶かしいエロチックな連想となって達夫の心を乱した。

 「この時の火傷が、私の一生を決めましたの。両親は神戸で貿易商を営んでいて、成功していましたわ。一人娘で、お金には不自由のない暮らしでした。父も母も、このような傷を負った娘が不憫だったのでしょうね。特に母は、私がこんな火傷を負ったのは、みんな自分のせいだって死ぬまで自分を責めていましたわ。でも、それは違いますのよ。幼い私がふざけて、ストーブにぶつかって、上に乗せていたやかんの熱湯を自分で浴びたんですわ。母は、それも自分が不注意だったからだと・・

ずっと自分を責めていました。本当に優しい母でしたわ。」

 遠い昔を思い出すように、視点を宙に浮かせたまま、美也子は話を続けた。

第1話 「遅 い 桜」 ⑦  (2015.3.30.更新)

 

 しばらく間を置いて、美也子が話し始めた。

 「ここに来て、この五月で六年になりますわ。・・・私、いくつに見えて。もうじき七十になりますのよ。」

 独り言するように話し始めたが、もうじき七十になると言った時だけ、こちらを向いて、少し恥らうような顔をして達夫を見た。

 気のせいか淋しい表情が滲んだように達夫には思われた。

 「もう、残された時間もいくらもないのに、私、女としての楽しみを何も知らないままに終わっていくのね。・・・桜はこれからきれいに咲いて、ちゃんと花のいのちを生きて、終わっていくのに・・・。」

 女としての楽しみを何も知らないままに終わっていく、と言った美也子の言葉に、達夫は胸を衝かれた。

 言葉の意味するところを推察しかねて、どう返事したものかと、戸惑った。

 平穏無事に家庭生活わ終えて、その老後にご主人の残してくれた財産で憂いない桃源郷に住まいした上流婦人。そんな身の上を美也子の上に見ていた達夫は、予想外の美也子の言葉に少なからぬ驚きを感じた。

 「いかず後家で終わるのね・・・。」

 話の全体が分からなかったこともあったが、心の傷になっている自分の身の上話を、自嘲気味とまではいかないまでも、やるせない思いを滲ませて独り言するように語る美也子に、どんな相槌を打てたものか。達夫には適当な言葉が見つからなかった。

 何も聞いてないかのような無関心の沈黙を装って、美也子が独り言する話の腰を折らないように注意するのが、達夫のできる精一杯の応答だった。


第1話 「遅 い 桜」 ⑥ (2015.3.24.更新)

 「今年は殊の外遅いようですわね。・・・でも、それにしても溝辺さんはどうしてそんなに桜の開花が待ち遠しくていらっしゃるの。」

 「・・・さぁ、それが自分でもよくわからないのですよ。さっきも自分で考えていたのですが、いったいどんな理由があって、今年に限ってこれほど桜が待ち遠しいのか・・・」

 「何か催されるものがあるのでしょうね。自分でも気付かない何かが・・・ね、きっと。」

 達夫の気持ちを推し量るというよりも、自身の胸に問いをぶつけてでもいるように、美也子は言った。

 達夫は、冗談半分に話すつもりで、先程の死の連想のことを美也子に話してみた。

 「ひょっとして、今年が最後になるのかって、それで今生の見納めに無性に桜がみたいのだろうかって・・・馬鹿なことを考えたんですよ」

 語尾を笑いで誤魔化して、自分でもつまらないことを考えたものだと、笑い話にするつもりだった。

 が、美也子は、つまらないこととは言わなかった。真顔になって、

 「そうね、そんこともあるかもしれませんわね。・・・・」と達夫の説を自分の胸に引き取って、神妙な顔つきになって、一時黙りこくってしまった。

 達夫は美也子の意外な反応に驚いた。当然いつもの美也子の調子なら、「まぁ、縁起でもない、いやですわ。」と、一笑に付したことだろう。

 

第1話 「遅 い 桜」 ⑤ (2015.3.15.更新)

  浜崎美也子は、同じ階の一番外れに部屋を持っていた。達夫がここに来るよりだいぶ前から住んでいたようだった。歳ははっきり聞いたわけではなかったが、六十後半というところだろうか。

 色白で肌にはまだ五十代の女性のような張りもあって、所帯やつれをしたということは全く無さそうだった。老人マンションともいうべきこのホームに入れるくらいだから、そこそこの資産を持っているに違いがなかった。夫が相当の財産を残してくれて、子どもも独立した後、美也子は、ここをはやばやと終の住処と決めたものだろうくらいに想像していた。

 白いものがいくらか混じってはいるものの、豊かな髪を短めにそろえた様子は、躾の良い少女のように上品で清潔な可憐さを美也子に与えていた。

 達夫にとって、ほとんど唯一といってよいホームでの女友達であった。

 美也子は鈴のように澄んだ声で話し、たわいもない達夫の冗談にも、鈴を転がすように涼やかに笑った。

 自分のことをあまり語らない代わりに、親しくなってからも、決して立ち入ったことを聞いてくることもなかった。障りのないことを話しては、一時気の利いたおしゃべりを楽しみ、孤独を紛らわしているようにも思えた。だからすでに三年近い交際があるにも関わらず、達夫が持っている美也子の知識は、最初にあった時とさほど変わっていなかった。

 だが、ここにいれば別段それで何の不自由もなかった。

 

 

第1話 「遅 い 桜」 ④ (2015.3.7.更新)

 「お邪魔かしら」

 気兼ねした優しい声が聞こえた。気付かないうちに、うとうとしたらしかった。

 声に起こされて、リクライニングした姿勢のままで、薄目を開けると自分を覗き込むように、前屈みになって、いたずらっぽく微笑んだ女の顔があった。浜崎美也子だった。

 「桜、まだですわね。」

 達夫がしたように、テラスの大型ガラスに顔を近づけて、桜の蕾に目を凝らしてから、そう言うと、達夫の右隣のチェアに美也子はすっと静かに座った。

 「なかなか咲きませんわね。溝辺さんが、あんまり熱心に開花を待たれるものだから、私まで気になり出しましたわ。」

 含み笑いをしたような言い方で美也子は達夫にそう言って、話かけたが、顔は前を向いたままだった。

 あなたのせいで、平静な朝の一時に波紋が立ったのよ、軽い非難の調子を込めたようにも思われたが、桜の開花にどきどきする、細やかな胸の細波が、満更嫌そうでもなかった。

 「咲きませんね。」

 美也子と話をするのに都合がよいように、チェアのレバーを上げて、リクライニングを解きながら、達夫もまた、顔を前に向けたままそう応えた。


第1話  「遅 い 桜」 ③ (2015.3.1更新)

   毎日追いたてられるように暮らしていた、あの娑婆の動乱の日々が、いまでは遠い過去の夢でもあるかのように思われた。

 年寄りには大敵の暑さ寒さに怯えることもなく、衣食住の憂いを取り除かれ、病気の兆しが確認されるや、隣接した病院から熟練の頤使看護士が往診に駆けつけてくれた。

 毎月の費用は、けっして安くはなかったが、達夫の年金からすれば、こなせない負担でもなかった。この世の桃源郷とは、このような所をいうのだろう。

 まだ現役で、第二、第三の人生に挑戦している友からは、はやばやと隠居した人生の敗残者のように蔑まれた。最初はそのような友人達の見方に負けて、自身でも人生の逃避者であるかのように思い、自分の選択に後ろめたい気持ちを感じたこともあった。

 しかし、ここでの穏やかな日常に慣れてみると、いい年をして、いまだ若い者には負けられんと現役にしがみついて、勝った負けたと動乱の巷を駆け回っているかつての同僚、知友の姿が哀れにも思えてきた。

 グリーンリーヴズでの生活は、世間でいう「幸福な生活」とは、だいぶ赴きが違っていた。

 ここに来る前に達夫が必死になって追い求めていた幸福が「愛に満たされた生活」であったなら、ここでの幸せは、「愛のない平穏な生活」とでもいえそうだった。

 求めることのない落ち着き、それは胸一杯に満ちる歓喜などと表現される感情豊かな幸福感とはおよそかけ離れたものだった。

 が、すでに七十の中にさしかかろうとしている達夫にとっては、枯れていく秋の気配をひっそりと楽しむような、ここでの単調な日々の静けさこそが、身にそった幸福であるように思われた。

第1話   「遅 い 桜」 ② (2015.2.22.更新)

 

 咲かない桜の蕾をぼんやりと見ながら、開花を待ち焦がれる自分の心を不審に思った。

 「今年がこの世の別れか・・・・。」

 口に出して言ってみて、ばかばかしい連想だと思われた。加齢のために、年々身体のあちらこちらに支障が出ていた。腕の上げ下げ、歩行の速度など、動作の一つひとつが鈍くなり、緩慢になっていた。老醜の一つに数えて厭離していたその老人特有の鈍重さが自分の上にも確実に現れていた。

 しかしそれだからといって、差し当たって死に怯えるような病気を抱えているというわけではなかった。

 外の世界とガラス一枚で遮断されたこちらの世界は、よく管理された空調設備によって適度な室温が保たれていた。微かにうなるエアコンの動力音を消すように、静かにクラッシクのBGMtが流れていた。

 明るいテラスには不似合いな選曲のようにも思われたが、そこに憩う人々の年齢と、濃い茶色で統一され壁や床のフロアーマットの色調にも援護されて、テラスの空気にはそれらしい重厚さが感じられた。

 大型窓からふり注ぐ日差しは、達夫の身体全体を蒲団に包むようにすっぽりと摂めた。

 達夫は、ふっと目を閉じた。光の温もりを身体全体で感じながら、ゆったり流れるグリーンリーヴズでの時間をことのほか愛した。

 三年前に入ったこの有料老人ホームでの生活は、長年娑婆で駆けずり回って生きてきた達夫にとって、別世界のようだった。

 入ってしばらくは、生活のリズムの違いに、戸惑いも覚えたが、それもすぐに慣れると、達夫はここでの生活が心底気に入った。 

 


第1話 「遅 い 桜」① (2015.2.15.連載開始)

 待ち遠しかった。

 桜は固い蕾を閉じたままだった。

 四月に入ってからは、まるで初めて遠足に行く子どもが指折り数えてその日を待つように、達夫は桜の開花を待っていた。

 南向きに作られたガラス張りのテラスは、まるで巨大な温室のようだった。その窓に面して並べられた五脚のリクライニングチェアの真ん中を指定席に決めていた。

 二階にあるそのテラスに向って、中庭に植えられた老木が、背伸びするように一杯に枝を伸ばしていた。テラスの大型ガラスに頬擦りするように伸びてきた枝の先には、蕾がびっしりとついていた。

 一階の食堂で遅めの朝食を済まし、いったん部屋に戻って身支度を整えると、会社に出勤するかのような几帳面さで、達夫はこのテラスに向うのだった。先月の末から始まった達夫の新しい習慣だった。

 チェアに身を沈める前に、窓際に歩んで行って、ガラス越しに桜の様子に目を凝らした。

 「まだか・・・・・」

 軽い落胆を感じた。だが、その一方で心の隅に昨日変わらない蕾の様子に安堵するものがあった。

 チェアに腰掛け、リクライニングのレバーを引いて、四十五度ほどの傾斜角を保って、ゆったりと身をくつろがせた。

 「それにしても、なぜ今年に限ってこんなに桜の開花が待ち遠しいのだろう。」

 別段慌てることもない。その時が来れば桜は咲く。私が気を揉んだとて、そのために一寸開花が早まるわけでもなかった。まして桜が咲いたとて、ここでの生活に何か変化が起こるというわけではなかった。